前号で私は「自分の結婚式にさえ興味がなかった」と書いたが、結婚式に興味がなかった私がやることになった29年前の結婚式は、大嵐のような体験だったのだ。そのトラウマで、私はただの「結婚式に無関心」から軽度の「結婚式アレルギー」になってしまった。その顛末を良かったことも悪かったことも含めて率直にお話しよう。
予期せぬ実父の妨害
若いころの私は信頼して支えあうパートナーとの出会いや「結婚」には憧れていたが、「結婚式」そのものにはほとんど興味がなかった。花嫁衣装を着る夢を抱いたこともなかった。
私が結婚式に抱いていたイメージは、「指定された席に行儀よく座り」、「年配のおじさんたちの長ったらしい祝辞を拝聴する」という退屈なものであり、そんな集まりに何百万円も費やす意味が理解できなかった。そんなお金があったら、興味深い国を沢山訪問し、素晴らしい景色を観て、美味しいものを食べたい。でも、結婚式は家族や知人に報告して社会に受け入れてもらうための「義務」であり、やらないとあれこれ言われてめんどうだ。結婚式は「めんどうだが、やらねばならないもの」と諦念していた。
私たちが結婚を決めたとき、それを紹介するべき家族とコミュニティは3箇所に分かれていた。2人の共通の友人や同僚は東京、私の家族、親戚、高校時代の友人は関西、夫の家族や高校、大学の友人はアメリカだ。これら3箇所に住む者をひとつの場所に集めて結婚式を挙げるのはほぼ不可能だ。だが、3箇所で別々に披露宴をするのはコストがかかりすぎる。そこで、まずは東京の自宅で気軽なパーティーを行い、関西の家族や友人のためには遠縁の寺で仏前結婚式を行うという計画を立てた。
関西での仏前結婚式を阻んだのは私の父だった。叔母が寺への手配をしてくれているのを知った父が、「地元で結婚式をやったら、家族の誰も出られないようにしてやる」と電話してきたのだ。
父がこういう態度を取ったのは、婚約者のデイヴィッドがアメリカ人だからではない。私が彼を最初に紹介した家族が母で、地元の結婚式を手配してくれていたのが叔母(父の弟の妻)だったからだ。父は自分が軽視されていると思いこんで憤慨し、報復することにしたのだ。
家族も父を怒らせると毎日の生活が辛くなるので尻込みするようになっていた。数年前に亡くなった父を知らない人に説明するのは難しいのだが、トランプが大統領になってからは簡単になった。思考回路がそっくりだったので「トランプのマイルド版」と説明している。
父の妨害による心労で身体の調子が悪くなった私は地元での結婚式を諦めることにした。
そのさなかに、ディヴィッドの母が「アメリカでの結婚式を手配したい」と言ってきた。
前号で説明したが、アメリカでは新婦の親が結婚式のすべてを担当するのがしきたりだ。将来の義母(今後は義母と省略)は結婚式に招かれることと、その式を詳細にわたって分析するのが「趣味」と言えるほど大好きだ。豊富な知識を活かして結婚式を企画してみたいが、娘がいない彼女にはその権利がない。諦めかけたところに、長男がアメリカのしきたりを知らない外国人と結婚するというチャンスが巡ってきたのだ。
父の言動で「結婚式」のことを考えるのも嫌になっていた私は、義母の提案を大歓迎した。でも全面的に頼るのは申し訳ない。手配は任せるが、コストは結婚する私たち2人が負担するということで話が決まった。
私たち2人から義母への唯一のリクエストは「家族と親しい友人だけのこじんまりした結婚式」にすることだった。
まさかのウエディング・ドレス選び
だが、私たちは彼女の「結婚式を企画したい」という情熱を甘くみていた。
その最初の兆候は「ウエディング・ドレスはどうするつもりなの?」という私への簡単な質問だった。
「あなたは日本人なのだから、アメリカでも良く知られているハナエ・モリのドレスを買いに行きなさい」と強く勧める。一応店には行ったが、カタログを見ただけで法外な価格に仰天してそのまま退散した。
ほうっておくとポリエステルの安いドレスを買うのではないかと心配したのだろう、義母が「私がドレスを探してあげましょう」と言い出した。私は仕事で忙しかったので「じゃあ、お願いします」と軽く頼んだら、その翌週から分厚い封筒が私宛に届くようになった。
封筒を開けると、中からウエディングドレスを試着した義母の写真がいくつも出てきた。同封されたメモには「あなたは胸がないからハイネックで隠して、そのかわりに背中を見せるデザインがいい」と書いてある。
アメリカでは、結婚式の当日までに新郎がドレスを見るのは縁起が悪いとされている。だから、このシチュエーションのおかしさを婚約者のデイヴィッドと分かち合えない。
そのうちに、さらに奇妙な写真が来るようになった。「真ん中の弟の友達のスージー(仮名)がドレスのショッピングにつきあってくれたのよ。あなたと身長が同じくらいだから適任者ね。なんていい子なのかしら」と若い女性がいろんなウエディングドレスの試着をしている写真が混じっている。
私は青ざめた。スージーは、ディヴィッドと結婚したくてずっとつきまとっていた女性なのだが、義母はそれを知らないようだ。
まるで心理スリラーの筋書きではないか!
状況が「スティーブン・キング」にエスカレートする前に、私は婚約者の母親が着ているドレスのほうを選んで「これにします」と返事を書いた。
現実感のないまま結婚式へ
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