夏物語 第一部

巻子の胸っていま現在?

姉の巻子を誘って銭湯へと向かうわたし。銭湯までは歩いて十分。昔はいつも、こうしてふたりでならんで、だいたいは夜、ときどきは日曜日の朝風呂に、巻子と銭湯までの道を歩いたものだった――。芥川賞受賞作『乳と卵』の登場人物たちが、あらたに織りなす大長編『夏物語』。明後日・7月11日の発売を前に、第一部を全文公開。この物語には、人が生まれて生きて、そしていなくなることの、すべてがある。(平日毎日更新)

PHOTO:SHINTO TAKESHI

第12回 巻子の胸っていま現在?

「さっき来た道とはちゃうなあ」

「せやな、駅とは逆やな」

 買い物のビニルの袋をさげたおばさんがひとり、あとはものすごくゆっくり歩いている老人の二人組とすれ違っただけで、道は静かだった。目指している銭湯は住宅街のなかにあり、しかも入り口が少し奥まったところにあるせいで、ここに住みはじめてからしばらくは銭湯があることに気づかなかった。

 「銭湯は関西の文化」という嘘か本当かもわからない先入観があり、またじっさいにこれまで入った東京の銭湯はあまり大したことがなかったので期待せずに行ってみたら、わりに本格的というか、室内に湯船がよっつ、露天風呂がひとつ、それにしっかりしたサウナと水風呂があって驚いた。

 とはいえ、まわりは家ばかりで、当然のことながら自宅に風呂はあるだろうし、大きな湯船に浸かりたかったらスーパー銭湯などに行くだろうから、こんなところで銭湯などやって経営はどうなのかと思っていたら、たまに来てみるといつもとても賑やかで、この町にはこんなに人がいたのかと思わされることになった。ちょうど二年まえに大がかりな改装工事を果たしてからは人気の勢いはさらに強まり、隣町、それから少し離れた町、そして遠くのいろんな町から銭湯愛好家の人々がやってくるようになった。

 広めの待合室では地元の人なのかそこそこ有名な人なのかはわからないが、クリエイターの写真とか工芸品とかぬいぐるみとかの作品が展示されることもあり、この付近のちょっとしたスポットになっているのだった。

 夏の夕方、夕飯まえのこの時間帯はさすがに空いているだろうと思っていたが、さっきの道のぽつんとした淋しさとはまったく関係のないルールがどうやらここにはひしめいているようで、たくさんの客で混雑していた。

「めっちゃ混んでるやん」

「せやねん、人気あるねん」

「新しいな。きれいやわ」

 専用の寝台であおむけにされて体をふかれながら泣き叫ぶ赤ん坊、ちょろちょろと走りまわる幼児。真新しい液晶テレビには情報番組が映しだされ、そこにドライヤーの音が混じりあう。番台のおばさんのいらっしゃいの明るい声、腰の曲がった老女たちの笑い声、頭にタオルを巻いて裸のまま籘椅子に座っておしゃべりをしている女たち—脱衣所は、女たちの活気に満ちていた。わたしたちは隣同士のロッカーをふたつ確保してから、服を脱いだ。

 巻子の裸にまったく興味はなかった。まったくなかった。しかしそんな興味の有無とはべつに、そうは言っても少しくらいは把握しておかねばならないのではないかという考えもよぎる。というのはこの数ヶ月にわたってわたしたちの話題の中心にあったのは豊胸手術についてであって、そしてそのさらに中心には巻子の胸があるのだから。どちらかというと責務に近い、かろうじての関心だ。

 豊胸手術と、巻子の胸。いまもってこのふたつのイメージをうまく結びつけることがなかなかできないでいるけれど、これほどまでに豊胸手術をしたいと思うその根源—巻子の胸っていま現在、どんなもんなんやろう。一緒に暮らしていたときに銭湯に行くことはそれこそ何度もあったけれど、巻子の胸がどんなだったか、そんな記憶はおぼろげどころかまったくない。

 少しそわそわしながら服を脱いでまるめてロッカーに入れている巻子の背中をちらちら見ると、服を着ているときとくらべて巻子はふたまわりも痩せてみえ—その衝撃に、胸のことなど一瞬で吹き飛んでしまった。

 後ろから見ても太股がくっついているはずの部分はくっきりと離れており、背中を丸めれば、背骨とセットで肋骨が、そして尻の上部には骨盤がうっすらと浮いてみえた。肩は薄く、首は細く、そのぶん頭が大きく見えた。思わず半開きになってしまった唇をあわてて舐めて閉じ、わたしは下をむいた。

「入ろで」と体のまえをタオルで隠した巻子が言い、わたしたちはなかに入った。

 塊になった白い湯気がもわっとこちらにやってきて、一気に体が湿ってゆく。風呂場もかなり混雑しており、湯の匂いとしか言いようのない匂いで充満している。ときおり天井高く、こーんという銭湯独特の音が響きわたり、これを聴くたびにわたしの頭のなかには巨大な鹿威しが現れて、鋭くカットされた竹の先端がどこかの禿頭に振りおろされるところを決まって想像してしまう。

 背中をむけて首を垂らして洗髪している人、おしゃべりしながら半身浴をしている人、走ろうとする子どもを呼びつけている母親。あっちへ行ったりこっちへ行ったり、濡れながら紅潮しながら、いくつもの体がそこにあった。

 わたしたちは鏡のまえに椅子と洗面器をもっていって席を確保し、湯を股と腋にかけて流してから、四十度、と赤い電子文字で表示のあるいちばん大きな湯船に浸かった。銭湯の基本的ルールにタオルは湯船に浸けてはいけないというのがあるけれど、巻子は何を気にするでもなくタオルでまえを隠したまま、ざぶりと勢いよく湯船に身を浸した。

「熱ないな」巻子はわたしを見て言った。「なんなん、東京のお湯ってこれが普通なん」

「や、これはこの湯船限定かも」

「でもぬるいな、こんなん死ぬまで入っとけんで」

 巻子は湯に浸かっているあいだ、風呂場を行き来する女たち、おなじ湯船を出たり入ったりする女たちの裸体を、無遠慮に、それこそ上から下までを舐めるように観察していた。それは隣にいるわたしが気を遣うくらいの凝視で、「ちょっと巻ちゃん見すぎ」と思わず小声で注意してしまうほどだった。

しかし、むこうから何か言われたらどうしようとそわそわしているのはわたしだけで、巻子は、ああとかうんとかの生返事をするだけで気にもしていない様子だった。わたしは仕方なく巻子とおなじように黙って、女たちの体を眺めていた。

「なあ、飛行機あるやん」

 女たちの裸から巻子の気をそらそうと、風呂には関係のない話をふってみた。数ある移動手段のなかで、飛行機というものがどれくらい安全かについて—たとえば、おんぎゃあと生まれてから九十年間、ただの一度も地上に降りることなく飛行機のなかでひたすらその人生を生きたとしてもまだ落ちない、というくらいに安全であること。しかしそうした確率のなかであっても、落ちる飛行機というものが確実に存在するということ。わたしら人類はこの事実をどう受けとめたらええんやろな、というような話をしてみたのだけれど、巻子はそれについてはいっさい興味がないようで、話はそこで終わってしまった。

 だからといって、いま緑子の話をするのはちょっとなあ、重いしなあ、などと考えていると、入り口のほうから、まるでわれわれとは異なる重力と物理法則に支配されているのではないかと思えるくらいの遅さでもって、ひとりの老女が歩いてくるのがみえた。老婆はたっぷりと肉のついた背中を丸め、年老いたサイのようにひとしきりの時間をかけてわたしたちのまえをゆっくり横切り、さらに長い時間をかけてのっしのっしと奥のほうへ歩いていった。どうやら露天風呂を目指しているようだった。


お知らせ

パートナーなしの妊娠、出産を目指す夏子のまえに現れた、精子提供で生まれ「父の顔」を知らない逢沢潤—生命の意味をめぐる真摯な問いを、切ない詩情と泣き笑いに満ちた極上の筆致で描く、21世紀の世界文学『夏物語』、いよいよ明後日・11日発売です。刊行を記念して、サイン会・イベントがいくつか開催されます。参加方法など詳細は、こちらからどうぞ。川上未映子さんからのメッセージも掲載されています。



人生のすべてを大きく包み込む、泣き笑いの大長編

夏物語

川上 未映子
文藝春秋
2019-07-11

この連載について

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夏物語 第一部

川上未映子

芥川賞受賞作『乳と卵』の登場人物たちが、あらたに織りなす大長編『夏物語』。7月11日の発売を前に、第一部を全文公開。この物語には、人が生まれて生きて、そしていなくなることの、すべてがある。(平日毎日更新)

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