今では「失われた30年」とされる……平成は丸々失われっぱなしか!

「失われた30年」を、このまま40年にならないようにしたいではないか。その処方箋がこの本、『一日で一気に学ぶ 超日本史』にある!……かどうかはわからないが、まあ、自分の国の歴史なんだから、知らないよりは知っておいた方がいいと思うのだ。一日で一気に、超簡単にね。

☆昭和の終わり、バブルの終わり

ここからの「平成パート」は、今回の書き下ろしだ。

この章は、実感としてわかる読者も多いだろう。


昭和最後の日は、昭和64年(1989年)1月7日。土曜日だった。

なぜ曜日まで憶えているかというと、当時ぼくは土曜日の生放送のラジオ番組の放送作家だったからだ。それは奇しくも、この『超日本史』の元々のキッカケを作ってくれた古舘伊知郎さんの番組だった。

繰り返しになるが、

カセットブックの『古舘伊知郎のとんわか日本史』が1987年。

それを元にした『古舘伊知郎トーキングブルース 日本史IKKI進化論』が1988年。そしてこの時は、1989年になってまだ一週間だ。


当然、通常の番組は放送休止になる。朝、ニッポン放送から自宅にその旨の電話連絡があった。だから行かなくてもいい。けれどぼくは、

「あのう、そっちに行ってもいいでしょうか?」

と聞いた。

改元の時、放送局はどうなっているのか?……を見たかったのだ。60年以上前の大正から昭和への改元時、放送メディアはNHKラジオしかない。テレビはもちろんラジオも、民間放送が改元を迎えるのは初めての経験なのだ。せっかく放送業界で仕事をしているのだから、それを自分の目で見ておきたかった。

行ってみると、スタジオでは報道部の担当者たちを中心に、事前に準備しておいた放送素材や取材先などを駆使して、厳粛に、そしてテキパキと番組を進行していた。とはいえ、手探りで放送を行っている感じはあった。なにしろ前例がないのだから、当然だ。現場スタッフだけでなく、上層部の偉い方たちもやって来ていた。みんな黒い服装だった。


ぼくは隣のスタンバイ用スタジオにお邪魔して、興味津々見学した。ぼくのようなエンターテインメント系の作家は、こういう時に手伝えることがない。ただの役立たずだ。

知り合いのディレクターに聞いてみた。

「それで、新元号はいつ頃発表されるんでしょう?」

「さあ……」

なにせ初めての経験だから、番組スタッフだって「今日の段取り」がわからないのだ。なかなか発表されないので、ぼくは昼食に外に出た。

ニッポン放送は有楽町にある。少し歩けば、銀座だ。

「昭和が終わる日の銀座はどうなっているんだろう?」

と足を延ばした。寒かったので、うどん屋さんに入った。お客さんは少なかった。食べ終わって料金を払う時、レジ係に「領収書お入り用ですか?」と聞かれた。自分一人で食事をし、しかもたいして高くもないうどんだ。普段は領収書などもらわない。しかし、

(あ、今日が昭和最後の日になるんだよな)

と思い、

「ください」

と答えた。

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一日で一気に学ぶ 超日本史

藤井青銅

学校で1年間かけて少しずつ丁寧に歴史を教わったにもかかわらず、私たちが覚えているのはどれも断片的なことばかり。 アタマの中にある日本史の知識はグチャグチャにこんがらがって、全体像がちっとも分からない。ならば“ゆっくり丁寧に”ではなく...もっと読む

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