左から今井雄紀さん、牧村朝子さん、小池みきさん
牧村朝子(以下、牧村) こんにちは。牧村朝子といいます。6年前から文筆家の仕事をするようになって、今日は初めての著書『百合のリアル』の6周年です。
一緒に作ってくれたのがこちらの2人です。まずは、小池みきさん。
小池みき(以下、小池) ライターとマンガ家をしています、小池みきと申します。牧村朝子の『百合のリアル』企画書を作って、本ができるまで並走したライターです。編集的な関わり方をしながら、中のマンガも私が描きました。よろしくお願いします。
牧村 そして、今井雄紀さん。
今井雄紀(以下、今井) 今井と申します。編集者をしております。『百合のリアル』が編集デビュー作になります。3人ともこの本がデビュー作ですよね。僕は当時27歳。小池さん26歳、牧村さん25歳でした。
牧村 それが今や、今井さんは……社長さん!
今井 そうですね。株式会社ツドイという、編集とイベントの会社を経営しています。今日はよろしくお願いします。
牧村 今日は、「どうやって本を作っていくのか」という話をしていきたいんですけれども。本を作る予定がない人も、社会見学みたいな気持ちで聞いていただければと思います。もちろん今からお話する通りにやらなくてもいいんですが、「あ、本ってこうやったらできるんだな」というひとつの例をお話していければと思います。
本を出して、何が変わった?
牧村 ではまず、「本を出すってどういうこと?」ということで。デビュー作『百合のリアル』を出してから6年間、それぞれ何があったかをお伺いしていきましょう。今井さんは何してたの?
今井 そうですね、『百合のリアル』はおかげさまで売れまして。3
牧村 3刷というのはちなみに、「印刷した分が全て売り切れたので3回印刷し直した」ということですね。
今井 そうですね、その印刷し直すことを増刷と言うのですが、増刷がひとつの目標で、それがクリアできれば黒字にはなるんです。
『百合のリアル』は、初版が8,000部でした。ちなみに出版社は、初版部数の8割ぐらいが売れれば商売としては成り立つように値段などを設定しています。
牧村 へえ、そうなんだ。じゃあ、予想の3倍くらい儲かったってこと?
今井 そうですね。なので僕はすごく褒められました。
牧村 やったー。
今井 大きなマーケットが見えていたわけではない本だったのですがおかげさまで売れて、『百合のリアル』はそれまでにあまり類似の書籍のないタイプの企画だったのですが、それがちゃんと成果を出したということで、「これもありなんだ」と思えました。それで良くも悪くも、僕は類書のない本ばかり作る編集者になってまして。
牧村 「こんな本は今までなかったよね」っていう本ばっかり作ってるってこと?
今井 そうです。みなさん、「こういう本っていつも出てるなあ」っていう本、ありませんか?
牧村 んー、「上手な話し方」とか、「自分のことを好きになる方法」とか?
今井 そうです。では、なぜそういう本が出続けるかというと……「まだこの社会で解決していない問題」だからなんです。
牧村 ほう。
今井 そういう本って売れるんですよ。なぜなら、いつも誰かがその問題について「解決したいなあ」と思っているから。だからそうやって、解決していない問題に関する確実に売れる本を作りなさいよ、というのが、新人時代に言われることです。けれどそういうことをあまり言われない環境で、最初に作った本が『百合のリアル』だった。その後作った本も、タイトルだけ申し上げますと……
「自己実現」という言葉に踊らされ、「ありのままでいいんだよ」という幻想にとらわれる若者に警鐘を鳴らした『夢、死ね!』。
会場 (息を飲む)
類書のない本ばかりつくり続けた結果
今井 それから、当時現役の京大院生だった著者が実際にキャバクラで働いて書いた『キャバ嬢の社会学』。それに、ベテラン演技は声優大塚明夫さんによる、すべての夢追い人へおくる仕事論『声優魂』。小池さんと作った本も何冊かありますね。
類書のない本って、書籍を書店に売り込む営業さんにとっては困る商品なんですよ。でも僕は『百合のリアル』で信用してもらえたというか。そういう意味でありがたい本でしたね。
牧村 今、『百合のリアル』を褒めてくれたの?♡
今井 『百合のリアル』のことも、お二人のことも褒めました、はい。
牧村 会社はいつ作ったんでしたっけ。
今井 1年半前です。『百合のリアル』を作ったとき僕は(星海社に)入社1年目だったんですけど、その後4年間勤めてから、起業して。
小池 経営は順調ですか?
今井 そうですね、はい、あの、そうですね、……順調ですね。
牧村 (笑)
今井 あー! こういうのなんか、おしゃれな返しかたしたいですよね? なんだろうな、えー……
牧村 「ランボルギーニ乗れます」とか?
今井 それは乗れないですけど。
小池 「スタッフ雇えるぐらい」とか。
今井 それはそうですね。
牧村 ま、6年前に最初の本を手がけた編集者さんが、6年間でそれだけ出世できるってことよね。
今井 そうですね、ありがたいですね。
『百合のリアル』ですごく鍛えられた
牧村 みきさんは6年間何があった?
小池 だいぶいろんなことをしてきたから手短に言いづらいんだけど、ライター、マンガ家、時々編集者としてもたくさんの経験を積ませてもらってきた、というところです。私にとっても『百合のリアル』は大きな転換期になった作品でしたね。というのもそもそも、私は別にあの時点までは書籍ライターではなかったので。
牧村 わたしと知り合ったときは、まだ本は作ったことがなかったのよね。
小池 あの企画を出した頃は、上京して1年ちょっとぐらいのタイミングで、金融会社で働きながらライター活動でもするか、と思っていた頃でした。それまでにも編集アシスタントの経験はあったけど、1冊の本を企画から作る、なんていうことは全くしたことがなかった。それが牧村と知りあって、「本を作りたいね」という話になって、企画書をいきなり作って、当時の今井さんの上司だった柿内芳文さんという方にお送りしたんです。
柿内さんは、『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』や『嫌われる勇気』といった大ヒット本を何冊も作っている方です。
牧村 聞いたことある人〜?
会場 (ほとんど挙手)
牧村 わあ、みんな知ってる。
小池 そんな方に企画のプレゼンができたので、我々はラッキーでした。
牧村 まじで嫌われる勇気!!
小池 そうかな(笑)
牧村 だって、ド新人だよ!?
小池 でも、私は絶対通る企画だと思ってたので。
牧村 かっこいい〜!
小池 やっぱり、本を企画から作って、著者に並走しながら絵も描いて、というのは、鍛えられました。先ほど今井さんが、『百合のリアル』を通して信用してもらえたという話をなさっていましたけれど、私もこの本を作り上げたことで信用してもらって、それで本の仕事が入ってくるようになった、っていうのはありました。
牧村 「この人、企画も文章も絵も描ける!」って思ってもらえたんだね。
小池 まぁ、馬車馬のように働かされるってことも増えたけど(笑)。そのかわりすごくいろんな経験をさせてもらえました。そんなわけで『百合のリアル』を作ってから仕事がたくさん増えて、本を作りながら、他の雑誌やウェブの仕事も単発でしながら、お勤めしたりしなかったりいろいろやってる感じです。
牧村 やっぱり「本を出したことで、みんな仕事が増えた」っていうことは言えるのかな。それに3人とも、大きく言えば、「何かを作る」っていう仕事をずっと続けてきたわけだよね。
私自身も、最初一生懸命オーディションに行ったりして、こちらから仕事を取りに行こうとしていたところを、『百合のリアル』を出して以降、「百合のリアルの著者さんにお願いしたいお仕事です」って、あちらから指名で仕事をもらえるようになりました。
小池 その話、私もしてもいい?
牧村 うん。
当初は「自分が本を書ける」なんて思いもしなかった
小池 2011年夏に、わたしたちはシェアハウスで出会ってるんですけど、その時は彼女はタレントと名乗っていて。
牧村 「名乗っていて」って〜。
小池 アメブロに『今日食べたごはん♡』とか載せていたけど、そんなにアクセス数は多くない、という感じだったんですね。
牧村 (不服な顔)
小池 そんなある日、牧村がセクシュアリティのカミングアウトをして、「セクシュアリティについて情報発信していきたいんだよね」と私に相談をしてきて。「アプリか何かで発信していこうと思ってる」って言ってたんですよ、当初は。
牧村 本を出すなんて選択肢は思いつかなかったもの。
小池 でも私は「いやいやいや本でしょ」って思った。というのは、本だと社会からの信頼度が違うからなんです。やっぱり長い時間をかけて、情報を精査して、伝わるようにまとめて、誠実な仕事をしないと、できあがらないので。それをやったことがある人間だという風に認められると、その後の仕事の仕方が変わるという認識はすごくありました。その上で、牧村だったら著者として立てるだろうと思ったので、「作るしかないでしょ」という風に言った覚えがあります。
牧村 だけど私、「自分が本を書ける」なんて思わなかったのね。だって……。本1冊って、何文字あるんですか?
小池 だいたい10万字前後。
今井 新書だと10万字いかないこともありますね。
小池 8万字とか。
牧村 8万字をさ、1冊、自分で書くんだよ。できると思わなかった。仮に書けたって、「なんとか大学の教授」とか、「なんとか賞受賞者」とかじゃないと出せないと思ってたし。
小池 確かに、(2011年)当時はまだ、本ってそういうものだったかな。だから星海社のエディターズ新人賞という、編集者を対象にした賞がなければ、もうちょっと回り道だったかもしれないな、とは思います。
牧村 星海社エディターズ新人賞。
今井 当時、第1回でしたね。まあ、2回目以降やってないですけども。
牧村 わたしたちのせい?(笑)
今井 いやいや(笑)
小池 あれは、タッグを組まないといけないからねえ。
今井 そう。新人賞っていうのは普通、著者を対象として開催されますけれど、あれは著者と編集者のタッグで応募。お笑いでいうと、「ボケ・ツッコミ組んでから応募してくれ」という感じですね。
牧村 著者と編集者とセットで、書籍企画を出す新人賞ね。というかそもそも、編集者ってどんな仕事? って話よね。
(中編に続く)
構成:牧村朝子
中編「初めて本を出すときに必要なのは、自分を信じること」は6/3(月)公開予定。お楽しみに!