書籍化しました!
“よむ”お酒(イースト・プレス)
本連載『パリッコ、スズキナオののんだ? のんだ!』が本になりました。
その名も『“よむ”お酒』。
好評発売中!
ひとり飲みや、晩酌のお伴にぜひどうぞ
じっとしているほうがマシ
20代くらいまでは、今より体力も時間もあり、生活もやぶれかぶれで、「足るを知る」という意味など知るよしもなく、とにかく毎晩めちゃくちゃに飲んでは、終電を逃して家に帰れなくなることが日常茶飯事でした。友達と飲んでいた場所でそうなったならどうとでもなるんですが、最悪なのが、帰ろうとして自宅のある駅を乗り過ごし、そこで上り電車がなくなってしまうという事態。思い返してみるといろいろなパターンがあったなぁと。
僕は今も昔も西武池袋線沿線に住んでおり、当時、東京23区を抜けたあたりから先で、漫画喫茶があるほど栄えている駅といえば所沢くらいでした。今よりも金もなく、タクシーで帰るなんて論外。つまりこの沿線、運良く所沢で終電がなくなったとかでない限り、マジで壁や屋根のない場所で一夜を明かすしかない事態におちいってしまいがち。
あ、一度、西所沢という駅で終電がなくなったことに気づき、じっとしてるよりマシだろうと、歩いて帰ってみようとしたことはありました。そこから当時の家まで、道路とかまったく無視した直線距離で約12km。まだスマホもなかったので、線路と付かず離れず、たまに行き止まりに突き当たっては戻ったりしながら、5時間くらいかけて地元駅にたどり着いてみると、もうとっくに電車が動いていたということがあり、それ以来は「じっとしているほうがマシ」派の立場をとっています。
命の恩人たち
ある時、あれは清瀬だったと思うんですが、終電を逃し、駅前になんにもないので、「どうしようもねぇやぁ」と、改札前の地面でただ横になり、眠っていたことがあります。
少し経った頃、誰かにポンポンと肩を叩かれ起こされました。なんだろうと思って目を開けると、まだ4月とかで夜は寒かったこともあったのでしょう。「お兄さん大丈夫? こんなところで寝てると死んじゃうよ。さっき車で前を通ったんだけど、気になって戻って来ちゃったよ」と、30代くらいに見える性格の良さそうなサラリーマンが心配してくれています。「いや、ぜんぜん大丈夫っス! 自分、慣れっこなんで。もうすぐ始発も出ますし! もうあと3時間もすれば」なんて取り繕いますが、まだじゅうぶんに泥酔していることは明らかで、本気で凍死でもされたらかなわないと思ったのでしょう。「家、どこなの? 送っていくから、車に乗りな」と言ってくれました。
何があるかわからない今の世の中、懸命な読者の方、特に女性などは絶対にここで「はい」と答えないでほしい、というか、そもそも酔っ払って駅の前の地面で寝ていないでほしいのですが、当時の自分は、そのご厚意に甘えてしまい、無事家まで送り届けてもらったということがありました。
またある時、どこだったかは忘れてしまったのですが、「こんな寂れた駅前に?」っていう場所に路上ミュージシャンがいて、お客もふたりくらいいて、帰れなくてすることがないので、自分もその演奏を聴いていたことがありました。同世代くらいの、いかにもロックンローラーって感じのロン毛の男性で、ブルーハーツとか、尾崎豊とか、いわゆる定番どころのカバーオンリーのライブ。
他のお客さんはご近所だったのでしょう。深夜1時くらいにはサシの状態になってしまい、それでも一向に帰る気配のない僕。相手も困惑したでしょうねぇ。いよいよレパートリーもなくなり、「お兄さんこのへんなんですか?」「いや、実は終電をなくしちゃって……」なんて世間話をしていると、「うちでよかったら寝ていきます?」と、あまりにもピースフルなご提案が。
賢明な読者の方に対するアドバイスは以下略なのですが、すぐ近くのアパートにお邪魔し、ビールを1缶ごちそうになって乾杯し、絨毯の上で寝かせてもらえたありがたさ。さすがに後日お礼の手紙を送ったら、「いいよいいよ、それよりまた遊ぼうね!」なんて返事がきて、もはや顔も覚えていない彼とのやりとりはそれっきりになってしまったんですが、その後、音楽でビッグになってるといいなぁ。
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