最終奥義だけ覚えちゃってる
北野唯我(以下、北野) 前回、かっぴーさんは感情で世界を捉えているというお話をされましたけど、そこには絵の巧拙も絡んでくるのかなと思ったんです。「左ききのエレン」は、特に連載初期の絵はすごく荒々しいというか……失礼な言い方になってしまうんですけど「本当に美大を出た人が描いてるのかな?」みたいな(笑)。
かっぴー ですよね(笑)。
北野 でもその荒々しさがキャラクターの感情を露わにしている側面もある気がして。逆に、画力が上がってしまったがゆえに、感情をダイレクトに表現できなくなるような感覚ってないですか?
北野唯我さん
かっぴー ないですね。以前、僕の大学の同級生で、今は『空挺ドラゴンズ』っていうマンガを描いている桑原太矩先生に会いに行ったんです。僕がマンガを描きはじめたときに、せっかく同級生にプロのマンガ家がいるから見てもらおうと思って。そしたら彼は僕のマンガを褒めてくれて、しかもその褒め方がすごく納得できたというか。
北野 どんな褒め方だったんですか?
かっぴー 対談の第3回で、僕みたいなネット発のクリエイターは、レベル1~8を飛ばしてレベル9からゲームをスタートさせられる、みたいな話をしましたよね。マンガ家にも当然、レベル1から少しずつ積み重ねていかなきゃいけないスキルがあるわけです。たとえばネームを切る、キャラクターを設定する、コマを割る、ページをコントロールする、とか。もちろんそこには画力の向上も含まれるんですけど、それらをクリアしたうえで、マンガ家として最終的に習得しなければいけないスキルが、桑原先生いわく「表情を描くこと」だと。つまりキャラクターの感情を表情に乗せることが、マンガ家にとって最も習得が難しいスキルのはずなんだけど……、僕はそこ“だけ”は描けてるって。
北野 あっはっは(笑)。
かっぴー だからほんとにおかしいんですよ、僕のマンガって。
北野 最終奥義だけ覚えちゃってる。
かっぴー そう。でも、それ以外のことが全然できていないから、めちゃくちゃハンデはあるんですよ。RPGで例えるなら、ラスボスがいるダンジョンの最寄りの村で生まれちゃったみたいな。
北野 しかも、ラスボスを倒すために必要なアイテムも持ってるわけですよね。
かっぴー そうそう。ただし、武器も防具も装備してないし、たぶんHPも10くらいしかないから、いびつな感じなんです。でもそれって、これからマンガ家が最初に習得すべきスキルをちゃんと磨いていけば、「表情を描ける」という才能をもっと生かせるってことじゃないですか。……まぁ、と言いつつじつは表情に関しては、初期の画力がだいぶアレだったころでもめちゃくちゃ描き直してるんですけどね。
北野 そうなんですか!?
かっぴー 描き直したやつを全部見せたいくらいです(笑)。
北野 こちらこそ見たいくらいですけど(笑)。
かっぴー 黒目の大きさとか、下の目のラインとかをネチネチ描き直して、最後に全部並べてどれが一番ふさわしいか選んでるんです。そこでは画力とかは一切考慮してなくて、指が折れ曲がったりしててもどうだっていいんですよ、表情さえ合っていれば。
情熱を逃してしまうようでは、プロではない
北野 「描き直す」ということについて、どう解釈すればいいのか、僕は悩んでいて。『天才を殺す凡人』って、ほぼ書き直していないんですよ。思うがままに書いてバンって原稿を送ったら、編集者の方が「めちゃくちゃいい!」って気に入ってくれて。でも、僕的には「え? 本当に、いいの?」と思って他の人にも確認したら、その人も絶賛してくれて。結果、出版してから「あそこは書き直せばよかった」ってすごい後悔したんですよ。と同時に、もし書き直したら最初の文章にあった筆の勢いを殺しちゃうような気もしていて。
かっぴー ある表現に込めた熱量の話ですよね。
北野 そうです。たとえば「左ききのエレン」の中で、かっぴーさんが特に気に入ってるシーンを今もう一度描き直したとして、最初に描いたときと同等か、それ以上の熱量で描けると思いますか? あるいは描き直す前よりも、うまく感情を表情に乗せられると思いますか?