誰にでもできる仕事が日の目を見た時

未経験で飛び込んだWEBメディアでアルバイトとして働いていた嘉島さん。やる仕事はどれも単純作業。いつ正社員になれるのだろうか。そんな思いも抱くなか、ふとしたことがきっかけでチャンスがめぐってきました。

東京都渋谷区南平台。道玄坂を登りきった246沿いのこのエリアは雑居ビルがひしめき合い、ラブホ街がすぐ近くにある不思議な場所だ。

宮益坂の方面には、ヒカリエはじめメガベンチャーが入居するビルが建ち並ぶ。最近は「Googleビル」が竣工した。

一方、道玄坂方面はスタートアップのオフィスが集まり、細々とした雑多な雰囲気だ。なんとなく、みんながご近所さんのような感じで顔見知り。電源を求めてFabCafeに行けば、Twitterで見たことのある人が作業していたりする。


ちょっと行きにくい道玄坂上

私はメディアの仕事に就きたいとうっすら思いつつ、通信会社に新卒入社した「夢砕かれ系社会人」だった。毎日通う大きなビルには、安定した道筋があり、そこを歩いていけば約束された未来が見えるようで、不確かな夢をゆっくり諦めていくには十分だった。

同時にこの場所には組織を維持するための見えないルールがたくさんあった。

息を乱さず、足並みを揃えて行進する。オフィスカジュアルに身を包み、同じテンプレで資料を作り、目標必達を目指す。

更新されるExcelの数字が赤くならないように毎朝祈る。営業一人ひとりの数字がひとつのシートにまとめられているため、仕事ができない人は一目瞭然。逃げるように働き、息をする暇もなかった。課長が「休日も電話がかかってくるので、勤めてから映画は見ていない」と言っていたのを覚えている。

ただ、無茶が過ぎたのだろう、体力の限界を迎えて2年目の夏前に病院送りになった。

満身創痍で飛びこんだのが南平台にオフィスを構えるWebメディアの編集部だった。

当時は、Webメディアと言えばYahoo!ニュースぐらいで、業界全体の堅調さは今ほどなかった。まだちょっと怪しいインターネット業界は、みんなで盛り上げようとする雰囲気があり、落第者ですら居心地がよかった。

南平台は、渋谷駅から距離はあるし、246を横断するには地下道を渡らなければならず、アクセスはいいとは言えないエリア。でも、社員みんなで白塗りしたウッドベースの床や、自然と人が集まるソファーが好きだった。

新しい業界に、新しい場所、アルバイトの私。

多分、すべてが不安定だった。かたや、周りの先輩たちは雑誌や編プロ出身の経験者。TwitterもFacebookもない時代からメディアを歩いてきた足取りはしっかりしていた。進むべき道がしっかりと見えているような頼もしさがあった。

そんな中、「未経験」の私に与えられた仕事は、今振り返れば「誰にでもできる」仕事だった。Facebookのシェア数を記録したり、先輩たちの取材音声の文字起こしをしてみたり、大量に届くプレスリリースに目を通したり。

どれも単純な作業。でも全部楽しかった。

少し工夫をすれば褒めてもらえ、僅かでも結果が出ると感謝される。たとえ誰にでもできるような些末な仕事でも、工夫が歓迎されることに驚いた。

いつまでバイトなのかなぁ。

ふと、こう思う瞬間もあった。同級生をはじめ、周りはほとんどが正社員。私と同日にアルバイト入社したのは大学生だった。毎日楽しいけれど、この日々を続けるわけにはいかない。背中の遠く向こうで「期限」が待っているような感覚があった。

成り上がろうという強い意志があったわけではなく、iPhoneのメモ帳になんとなく「目標」を書いては見返した。

シンプルな箇条書きを見返す度に妙な安心感を覚えていた。自分の小さな成長も、これから具体的に何をすれば良いのかも明確になるからだ。

一番上は「ヒット記事を作る」。その下には「記事の校閲を任されるようになる」、「正社員になる」が続く。例えば、ヒット記事を作りたいならば、面白い原稿の真似から始めればいい。1日ノルマを決めて人気記事を分析して、模写をして、再現して。こうやって因数分解していくのが単純に楽しかった。

目標は想像以上に早く達成された。半年ほどで正社員になったのだ。


「これ書いたの誰?」

秀でた実績を残したわけではないが、ひとつ印象に残っていることがある。

議事録だ。

全社会議が開かれ、COOが今後の戦略を話していた。上司がこっそり「議事録を書きなよ」と耳打ちしてきた。アルバイトの分際で経営に関わる会議に出ていいのか不安に思ったものの、議事録は下っ端の仕事なこともわかっていた。

営業時代から議事録を取るのが好きだった。売り上げは確かな成果だが、Excelに書かれた数字は実感に乏しかった。黒い字になるか、赤い字になるか。それぐらいしか違いがないように見える。その一方、議事録は形が残る。何より、足並みを揃えなくてはいけない組織の中で、些細な工夫ができる数少ないアウトプットだった。

話し言葉は口に出した瞬間消えていく上、無意識のうちに話が行ったり来たりする。そこで、関連性の強い事項を近くに配置し、余計な話は割愛して話の道筋をきれいに整える。パズルのようにピースをはめていくと、課題や解決策、懸念点がくっきりと浮かぶ。シンプルにわかりやすくロジックを可視化するのが気持ち良かった。話の解像度がググっとあがるからだ。

会議の後、前職でやっていたのと同じように議事録を全社メールで送信したところ、COOが反応した。

「これ書いたの誰? すごくいい議事録。いい議事録を作る人は、編集者の才能がある」

誰にでもできる仕事を、思わぬ方向から褒められて震えてしまった。それも、私のこともよく知らないであろうCOOだ。彼はもともと雑誌の編集者出身で、エンタメ業界にも精通するコンテンツメーカーだったので、尚一層嬉しかった。

確かに議事録は単なる会議の文字起こしではない。要点を見極め、論理的に整理する作業だ。物事を理解するときの流れを文字化した資料と言ってもいい。

みんなが理解しやすいようにまとめるのは、それなりに難しい。物事の本質を理解しなければいけないからだ。何より、議事録は常に「見る人」のことを考えて作られる。

単純で地味な仕事でも、見ていてくれる人はいるし、実は本質的な作業だったりする。COOからの短いメールは、あまりに多くの情報が詰まっていた。

***

記事を作る仕事について、それなりに時間が経った。246には横断歩道ができたし、インターネットの広告費は1兆を有に超え、もうすぐテレビを抜くらしい。時代も街もたった数年で驚くほど変わる。

私自身、その後2回も転職し、今では赤坂見附で働いている。記者としてインタビューを書いたり、新商品の発表会を取材したり、こんな風にエッセイを書くこともある。オリジナリティを求められることもあるけれど、どんな記事でも常に「最高の議事録を作ろう」と思っている。本質を見つけ、ロジックを整え、誰が見てもわかりやすくまとめる。これはメールを受信した日から変わらない。

議事録も目標リストも簡素な言葉の羅列だ。誰にでもできるし、書ける。でも、きちんと整理された文字には、不確かだった夢を目標に変え、実現させるぐらいの可能性があるはずだ。

Photo by Miguel Á. Padriñán from Pexels


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この連載について

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匿名の街、東京

嘉島唯

若手ライターの急先鋒、嘉島唯さんによる待望のエッセイ連載。表参道、渋谷、お台場、秋葉原、銀座…。東京の街を舞台に、だれの胸の内にもある友人、知人、家族との思い出を鮮明に映し出します。 第2回cakseクリエイターコンテスト受賞者、嘉...もっと読む

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beajourneyman >「これ書いたの誰? すごくいい議事録。いい議事録を作る人は、編集者の才能がある」 日の目を見た日、それまでどう過ごして来たか? .@yuuuuuiiiii https://t.co/nmIteLxtJe 約5時間前 replyretweetfavorite

kinaizm 4月入社新卒のみなさんに読んで欲しい記事。 https://t.co/tMv1VRFN6A 約6時間前 replyretweetfavorite

escher_ https://t.co/mlAxpetf9n 「これ書いたの誰? すごくいい議事録。いい議事録を作る人は、編集者の才能がある」 議事録見れば、その人がどれくらい仕事出来るか分かるのは確か。 1日前 replyretweetfavorite

Kei_Kay 今の世界では億万長者になるより百万長者になる方が難しいと言われますが、こういう事が認められる社会であるべきだと思います 2日前 replyretweetfavorite