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ピクサーは、IBMやハリウッドのように保守的になってはならない

成功した大企業ほど、リスクをとることを恐れ保守的になる。クリエイティブな世界だと思っていたハリウッドでさえそうだった。ピクサーが成功した後、イノベーションを殺さないためにはピクサーの文化を守らなければいけない。
2019年3月15日に発売!『PIXAR 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話』(文響社)より特別掲載!

成功した大企業がイノベーションを続けることの難しさ

 会社というものは生物によく似ている。

 それぞれ、個性や感情、習慣がある。

 トップなら好きにできるはずと思うかもしれないが、たいがいは、トップも、変えがたい会社の文化に縛られている。

 そして、会社は、成功すると保守的になる。

 創立当初はたしかにあった創造性の炎が、成果を求める圧力で消えてしまう。

 成功すると守るものが増え、同時になにかを失ってしまう。勇気が恐れに圧倒されるのだ。

 大企業と取引するスタートアップ側の弁護士をした経験から、私は、IBMやデジタルエクイップメントなど、ハイテク世界に君臨した東海岸の巨大テクノロジー会社が堅苦しい階級文化に染まってしまったことを実感した。

 指揮命令のラインがはっきりしており、上の命令は絶対。ライン外からの影響は排除する。政治力がものを言う。

 革新的でイノベーションの実績がある人が昇進するとはかぎらない。

 行きすぎた階層秩序と官僚主義が広がるとイノベーションは死ぬ。

 ピクサーでは、そうならないようにしなければならない。

ハリウッドは変化を恐れる世界だった

 さらに私は、今回、ハリウッド文化に触れることになったわけだ。

 エンターテイメント産業について勉強しようと、私は、ディズニーやユニバーサル・スタジオなどの映画会社を訪問して幹部に話を聞いたり、ハリウッドで仕事をしているエージェントや弁護士、会計士に会ったりした。

 もちろん、本もなるべくたくさん読んだ。

 その結果は驚くものだったと言わざるをえない。

 ハリウッドのイメージから、世の中のトレンドを先取りするクリエイティブで魅力的な世界を想像していたのに、現実は、ハイテク会社よりずっと現状維持に汲々としていた、変化を恐れていたのだ。

 どこに行っても、畏怖と力による政治ばかりに思える。

 映画会社は、アーティストも映画もテレビ番組も音楽も、なんでもとにかく支配下に置きたがる。縛って言うことを聞かせようとするのだ。

 1991年にピクサーがディズニーと結んだ契約がいい例である。

ピクサーはハリウッド流に絶対に染まってはならない

 ハリウッドといえば創造性というくらいなのに、現実はまったく違う。これには驚いた。

 映画会社が大きなリスクを取ったりイノベーションを起こしたりするのは難しい。

 リスクを取るより、二匹目のドジョウで安全確実な道を選ぶのだ。

 つまり、エンターテイメント会社としてピクサーが身を立てるには、イノベーションを抑えるハリウッド流に染まらないようにしなければならないということだ。

 アットホームな文化を捨て、管理と名声の文化に染まれば、いま、ピクサーを支えているはつらつとした活力が失われてしまう。

 ポイントリッチモンドなんてへき地に会社を置いてどうするんだと不満に思っていたが、それは大まちがいだったのかもしれない。

 逆にいい選択で、独自の道を歩きやすいのかもしれない。

 ピクサーの文化を守るためにはいろいろな課題を解決しなければならないわけだが、なかでも大きなものがひとつある。

 シリコンバレーのイノベーション文化を支える柱にかかわる課題で、その傷はピクサーの命を左右しかねない。

 だから、ベイ・エリアからバークレーを通ってピクサーの駐車場に入るとき、私はだいたいいつもこの問題について考えていた。シリコンバレーをまとめている仕組み、ストックオプションである。

シリコンバレーをゴールドラッシュの現場にしている仕組み

 スタートアップというところは、創業者と社員が戦利品を山分けすることを前提にまとまっていると言える。

 ストックオプションがあるから、安定した職ではなく、リスクの高いベンチャーに飛び込むという人が多いのだ。

 これはスタートアップ成功の分け前を手に入れる方法であり、シリコンバレーで広く流通している貨幣である。

 ストックオプションにより、シリコンバレーは現代版ゴールドラッシュの現場となっているのだ。

 ストックオプションとは、その会社の株を将来的に買える権利である。代金は実際に株を買うときに払えばいいのだが、その値段は、オプションを受けとったとき(入社時であることが多い)に固定される。

 だから、入社後、会社が大成功し株価が天に昇っても、オプション設定時の価格で買える。

 あとは全部儲けだ。

 たとえば、入社時に1株1ドルで千株のオプションを受け取れば、5年後、株価が100ドルになっていても、1株1ドルで購入できる。つまり、1株あたり99ドルが儲かる、あるいは、1000株全体で9万9000ドルも儲かる。

 ミリオネアやビリオネアをシリコンバレーが輩出するのは、こういうからくりがあるからだ。

 だが、ピクサーは、社員にストックオプションを与えていない。そのうち、そのうちと言いながら、スティーブが約束を果たさずに来ているのだ。これを苦々しく思っている社員がとても多い。

 ピクサーに来たころ、だれと話をしても、すぐ、「で? ストックオプションは?」と言われたほどだ。ぐつぐつと煮えくりかえる怒りといらだちの大釜といった感じである。

 古参を中心に社員は抜き差しならなくなっていた。

 スティーブは成功の分け前を手にする権利を与えてくれない、裏切られた、だまされたという思いがある。

ピクサーから人材が流出したらイノベーションは死んでしまう

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ローレンス・レビー /井口耕二

ジョブズが自腹で支えていた赤字時代、『トイ・ストーリー』のメガヒット、 株式公開、ディズニーによる買収……アップルを追放されたスティーブ・ジョブズとともに、小さなスタートアップを大きく育てた真実の物語。 3月14日に発売する『PI...もっと読む

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コメント

PapersAndLabo 「だが、ピクサーは、社員にストックオプションを与えていない」 ストックオプション渡すって言っておきながらトイ・ストーリー公開直前でもまだ渡していないってブラックすぎる笑 よく刺されなかったなジョブズ笑 https://t.co/PvbldyCJbn 1年以上前 replyretweetfavorite