まずは自分で動きはじめる。
その頃、僕はコピーライターとして統合プラニング局という新しくできた部署に所属していました。
ですが、僕は「広告やりません宣言」をしていたので、基本的には広告の仕事は受けていませんでした。
考えてみたら、広告のセクションにいるのに広告をやらない、という状況をよく会社がよく許したな、と思うのですが、博報堂のクリエイティブの社員の場合、案件の数ではなく、成果による実績で評価が決まります。
つまり、僕のように「広告をやりません」と宣言することは、受ける仕事を減らせる代わりに、評価が下がるリスクに直面するということでした。
でも逆に言えば、そのリスクを自分で負えばいい、というだけの話です。
僕としては、それで評価がものすごく悪くなって、最悪クビになるのも覚悟の上でした。
役員から「やってみれば?」という一応のOKはもらえたものの、その時点ではまだ組織ができたわけでも、予算がついたわけでもありませんでした。
ただ、これはある程度、予想していたことです。
いきなり、まったく新しい事業がはじまる、などということは、まずないですし、大きな組織なので、そんなに簡単に事は運びません。
だから、役員にそう言われた時点で、まずは自分で動きはじめることにしたのです。
真っ先に会いに行ったのが、ロボット開発を手がけるベンチャー企業、ユカイ工学の青木俊介社長でした。
青木社長とは、それまでに一度、博報堂の案件で一緒に仕事をしたことがありました。
青木社長は、かつてデジタルコンテンツ制作を行っているチームラボのCTOを務めていたエンジニアでしたが、ロボットをつくりたい、ロボットを世の中に広げていきたい、という思いから独立し、ユカイ工学を起業したのです。
今では20人以上の社員がいますが、当時はまだ5人ほどの規模でした。
ユカイ工学にはエンジニアがいました。彼らはモノをつくる能力があります。一緒にやれば、アイデアを生み出すだけではなく、かたちにすることができると思いました。
そして、青木社長は、僕がやっているYOY(ヨイ)のことも知っていて、応援してくれていました。僕がプロジェクトについて説明すると、青木社長はこう言いました。
「いいですね」
「一緒にやりませんか?」
「じゃあ、やりますか」
「いつやります?」
そんなかたちでなかば強引に、定例的にミーティングを入れさせてもらうことになりました。以後、僕は毎週のようにユカイ工学に行って企画会議をすることになります。
さらにもう1社、デジタルクリエイティブエージェンシーのイメージソースの小池博史社長にも会いに行きました。
デジタル系、ウェブ系が専門の会社でしたが、ちょうどそのとき、ハードウェアの分野にも参入しはじめようとしていたのです。
小池社長とも、かつて一度仕事をしたことがあり、また、YOYのことも応援してもらっていたので、会いに行ったのでした。
会社でこんなことをはじめようと思っています、という話をしたら、興味を持ってもらえて、「何か一緒につくりましょう」という話になりました。
リスクをとる覚悟を決める。
実は「monom」(モノム)は、のちに第1弾、第2弾のプロダクトを、この2社とコラボレーションしてつくることになるのですが、この時点では、先にも書いたように、まだ博報堂からの予算はついていませんでした。
つまり、はじめようにもお金がなかったのです。
しかし、もし何かいいアイデアを思いついたら、なんとしてでも予算を引っ張ってくるつもりでした。
「今は予算がないですが、お金はなんとかします」
「会社が出さなかったら僕が出します」
実際、1000万円くらいまでだったら、自腹を切る覚悟でいました。
YOYをはじめたときもそうでしたが、お金のリスクをとって自分を追い込むことはポジティブな結果につながると考えていたのです。
こうして毎週のようにふたつの会社とミーティングをすることで、役員にも具体的に進捗の報告をすることができるようになりました。
「今、こういう会社とこんなことをやっています」
「こんな取り組みを進めようとしています」
「テクノロジー×クリエイティブです」
広告会社のビジネスは基本的に、クライアントから課題解決を依頼され、アイデアを出して、制作をする、というものですが、そうではなくて、最初から自分たちで考え、何かをつくり、それを世に出していく、というのがモノづくりです。
モノをつくるとはどういうことか。どんなスタイルで、モノづくりを進めようとしているのか。
役員への月1回の報告に向けて、自分の考えを整理していきました。
そして役員との何回かのミーティングを経た後、こう言われました。
「一人でやるよりも、チームとして、人を集めてやったほうがいい。先に既成事実をつくっていったらどうだ?」
ここから、いよいよ本格的に「monom」が動きはじめることになります。
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