わかる日本書紀① 神々と英雄の時代

反逆者には容赦ない皇軍【初代③】

ややこしい日本書紀をわかりやすく紹介した『わかる日本書紀① 神々と英雄の時代』から、日本の正史を学ぶ連載。

エウカシとオトウカシの兄弟

八月二日、カムヤマトイワレビコ(初代神武天皇)は菟田(うだ)の県(あがた)の首領でエウカシ(兄猾)、オトウカシ(弟猾)を呼びました。エウカシは来ず、オトウカシはすぐ参上しました。オトウカシは軍門で拝礼して言いました。

「我が兄・エウカシは反逆をたくらみ、天孫が来られると聞いて軍兵を集め、襲撃しようとしていました。ですが、天皇軍の勢いを遠くから見て、まともに当たっても敵わないと思い、密かに兵を隠し、仮の新宮を造り、中に仕掛け※1を作り御馳走をお出しすると偽って、待ち構えて殺そうとしております。この罠に備えてください」

そこでカムヤマトイワレビコはミチノオミを遣わして反逆の状況を視察させました。ミチノオミはエウカシの反逆の心を詳しく知って激怒し、
「この不忠者!お前の造った屋敷にはまずお前から入ってみろ」
と、剣の柄を握りしめ、弓を引き絞って迫って追い込みました。

エウカシは天罰を受けて、言い逃れもできず、自分で作った仕掛けを踏んで圧死してしまいました。その屍を引き出してさらに斬ると、流れ出る血がくるぶしまで浸しました。それで、その地を菟田の血原(ちはら)※2といいます。

その後、オトウカシは、牛肉と酒を用意して皇軍の労をねぎらい、御馳走しました。カムヤマトイワレビコは、その牛肉と酒を兵に分け与えて、歌を詠みました。

菟田の 高城(たかき)に 鴫羂張(しぎわなは)る
我が待つや 鴫は障(さや)らず
いすくはし くぢら障り
前妻(こなみ)が 肴乞(なこ)はさば
立柧棱(たちそば)の 実の無けくを こきしひゑね
後妻(うはなり)が 肴乞はさば 櫟(いちさかき)
実の多けくを こきだひゑね
※3

これは久米歌(くめうた)です。
この後、カムヤマトイワレビコは吉野を視察しようと思い、菟田の穿邑(うかちのむら)から、軽装の兵を連れて巡行しました。吉野に着くと、井戸の中から出てきた者があって、光って尾がありました。何者だと問いますと、
「国つ神で名をイヒカ(井光)といいます」
と名乗りました。

さらに少し進むと、これも尾があって岩を押し分けて出てきた者がありました。何者だと問いますと、

「私はイワオシワク(磐排別)の子です」
と言いました。

それから、吉野川に沿って下り西の方に行くと、また、木を並べて流れを堰き止め魚を獲っている者がいました。何者かと問いますと、
「私はニエモツ(苞苴担)の子です」
と答えました。

九月五日、カムヤマトイワレビコは菟田の高倉山※4の頂に登って、大和国を遥かに望みました。すると、国見丘(くにみのおか)の上に八十梟帥(やそたける※大勢の勇猛な兵※5がいました。ゆるやかな女坂(めさか)に女軍(めいくさ)を置き、急な男坂(おさか)※6に男軍(おいくさ)を置き、交通の要衝の墨坂(すみさか)には赤くおこった炭を交通妨害のために置いて待ち構えていました。

またエシキ(兄磯城)の軍兵が磐余邑(いわれのむら)※7に満ちあふれていました。賊軍の拠点は全て要害の地で、道路は途切れて、ふさがり、通れるところはありませんでした。カムヤマトイワレビコはこれを憎んで、夜、自分から祈誓(うけい)を立てて眠りました。

すると、夢の中に天つ神が現れてこう教えました。
「天香山(あめのかぐやま)の社(やしろ)の中の土を取ってきて、八十平瓮(やそひらか※聖なる平らな皿※8を八十枚と厳瓮(いつへ※清らかな瓶※9を作り天地の諸々の神々を敬い祭り、霊験あらたかな呪詛をしなさい。そうすれば、敵は、自ずから降伏するだろう」

カムヤマトイワレビコは、謹んで夢のお告げを聞き、その通り実行しようと思いました。 このとき、オトウカシが進言しました。
「大和国の磯城邑(しきのむら)※10に菟田の磯城の八十梟帥(やそたける)がいます。また、高尾張邑(たかおわりのむら)※11に赤銅(あかがね)※12の八十梟師がいます。このやからは皆、天皇に反逆しようとしています。私は密かに心配しています。今すぐに、天香山の土で八十平瓮(やそひらか)を作り、天地の神々を祭ってください。その後敵を討てば排除しやすいでしょう」

カムヤマトイワレビコはすでに夢のお告げを吉兆と思っていたところにオトウカシの言葉を聞いたので、ますます心の中で喜びました。そこで、シイネツヒコにぼろぼろの衣と蓑笠を着せて老人の姿をさせ、オトウカシに箕(み)をかぶらせて老婆に変装させて言いました。

「お前たち二人は、天香山に登って、密かにその頂の土を取って帰るのだ。天の偉業が成し遂げられるかどうかはお前たちが成功するかどうかで占うことにしよう。くれぐれも慎重にな」
このとき、賊軍は道々にあふれ、行き来することは困難でした。

★次週に続きます

※1 仕掛け
「おし」と呼ばれる。詳しくはわからないが、何かを踏むと押しつぶされてしまう仕掛けらしい。後世、ネズミ取りのことも「おし」と称したが、同じような仕掛けかどうかも不明。

※2 血原(ちはら)
奈良県宇陀市室生田口とも三本松ともいう。

※3 訳
宇陀(うだ)の高城(たかき)にシギの罠を仕掛けたよ
待っているシギはかからず
なんと鯨がかかったよ。大漁だ
古女房には、ソバグリのスカスカの実をたんと
若い妻には、イチイガシの ぎっしりした実をたんと

※4 高倉山
奈良県宇陀市大宇陀守道付近の山。

※5 八十梟帥(やそたける)
「八十」は数の多い様。実数ではない。「梟帥」は蛮族の長をあらわす。

※6 女軍/男軍(めさか/おさか)
女坂(緩やかな坂)には女軍、男坂(急峻な坂)には男軍とあるので、おそらく男軍とは強い軍のことだ ろう。

※7 磐余邑(いわれのむら)
奈良県桜井市中西部から橿原市東部にかけての地。神武天皇の和風諡号(わふうしごう)は「神日本磐余彦天皇」であり、王権の中心地としての意味を持つ。

※8 八十平瓮(やそひらか)
「八十」はここも数の多いこと。「平瓮」の「か」は容器の総称。「ひらか」で平たい皿。ここは儀礼用の器。

※9 厳瓮(いつへ)
「厳瓮」の「いつ」は清浄性や神聖性をあらわすことば。「へ」は酒食を入れる器のこと。こちらも儀礼用の器。

※10 大和国の磯城邑(やまとのくに の しきのむら)
奈良県桜井市の一部。三輪山麓の西部。

※11 高尾張邑(たかおわりのむら)
奈良県葛城市の一部だろう。葛城山~金剛山の東麓にあたる。

※12 赤銅(あかがね)
「あかがね」は銅。金は「く(こ)がね」、銀は「しろがね」、鉄は「くろがね」。「赤銅八十梟帥」は銅製の武器を持つ蛮族の意か?

尾が光るとは?
尾がある、手足が極端に長いなどの異形は、蛮族の象徴。光る井戸から出てきた「井光」は水銀などの鉱坑を示す可能性が高い。磐排別(いわおしわく)も鉱山に関わる名か。

★次回更新は4月22日(月)です。


日本のはじまりを知る一冊。

マンガ遊訳 日本を読もう わかる日本書紀1 神々と英雄の時代

村上 ナッツ,村田 右富実,つだ ゆみ
西日本出版社
2018-12-18

この連載について

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わかる日本書紀① 神々と英雄の時代

村田右富実 /つだゆみ /村上ナッツ

『日本書紀』は神代から第41代持統天皇の時代までを扱った日本最古の歴史書です。しかし本文は漢文、全30巻と長く読解は難しいため、正史ながら読んだことのある人はほぼいません。そこで、劇作家が書くわかりやすい文章と、親しみやすいキャラクタ...もっと読む

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