美をさがしもとめるのが生業である。
こんな美しいものをみつけた。
心に直接的に効いてくる、医師・鎌田實さんによる、ことば。
せっかく生きているのに、
呪われるなんて冗談じゃない、
呪うなんて時間の無駄遣い。
これから未来を生きていく君たちにこそ、
そのことを伝えたいって思った。
(『脱・呪縛』「おわりに」より)
青少年世代のほうが強い呪縛
昨年末に刊行された『脱・呪縛』という一冊が、柔らかい読み心地でいい。
医師として地域包括ケアを先導するなどしながら、ベストセラー『がんばらない』ほか著書も多数の鎌田實さんによる、新しい本だ。
生まれた時と場所、身を置く環境、自分の性向、人間関係……。人は誰しも、何にも捉われず生きるなんてこと、なかなかできない。たいていいつも、何かに呪縛されている。そこから脱け出す道を探ってみるというのが、一冊を通して鎌田さんがやろうとしたことである。
ユニークなのは、呪縛は年齢を重ねるほど増えていくような印象があるけれど、それは思い込みだとしているところ。むしろ青少年世代のほうが呪縛は強いだろうとみなす。そこで鎌田さんは本書を通して、あれこれのしがらみでがんじがらめになっている十代へ向けて、語りかけ続けることにしたのだ。
その姿勢は徹底している。「はじめに」のページで鎌田さんは、「十代の君たちに」と語りかけ、十代が「どう生きたらいいのか」「今、なにをしたらいいのか」「なにから始めたらいいのか」を伝えたいと書く。
ページの最後には、
「※大人はご遠慮ください」
との注意書きまで添えた。いちおう、「(十代のおさらいをしたい人なら、大歓迎です)」とフォローはしてあるけれども。
「もちろん本当は大人にも読んでもらいたいんですよ。これを読んで心を動かされた大人から、ぜひ読んでみてと子どもたちに本が手渡されていくというのも、ひとつのかたち。でも子どもって大人から言われたものより、『自分で見つけた!』と言えるもののほうが好きじゃないですか。だから本の最初のほうでちょっと強めに、『これは君たちのための本だ』と言ってあるんです」
と鎌田さんが教えてくれた。
死にたいという思う気持ち、いじめ、絶望
本書で鎌田さんは、人を捕らえてしまう呪縛の例を次々と挙げていく。
星の下の、つまり「生まれ」についての呪縛や、勉強の呪縛、付和雷同してしまうこと、他人に対して、死にたいという気持ち、いじめ、絶望、仲間や友達の呪縛。
「いろんなものが僕たちを縛りにきます。そこからどう自由になるかは、決して子どもだけの問題じゃありませんね。大人の僕らこそ、しょっちゅう縛ったり縛られたりしているわけで。
子どもは大人の姿をじっと見ています。大人が呪縛にうまく対処して、もっと楽しそうに生きていれば、子どもたちが死んでしまおうだなんて思わないんじゃないか。いまはつらいけど、あの人たちみたいにそのうち楽しいフェーズになれるはず、そう子どもが信じられるようになればいい。
大人が楽しそうに生きる姿を見せることは、大事ですよね」
未だに心が何かというのがわからず、心の探検をしつづけている。だから僕は今も「心の探検家」。(『脱・呪縛』第3章より)
『脱・呪縛』の表紙絵と挿絵は漫画家・イラストレーターのこやまこいこさんが担当。鎌田さんの文章と相まって、本書の柔らかくて温かい雰囲気を生み出している。
©Coico Koyama/Cork
19歳以下の自殺者だけが増加
いろんな呪縛が、世の中には渦巻いている。それに囚われてしまえば、ときにみずから命を絶つに至ってしまうこともある。そんな悲しいことにならないようにとの願いを込めて、鎌田さんは『脱・呪縛』を書いたという。
「日本の年間自殺者数は、長いあいだ3万人を超えていました。それがこのところ減少しつつあります。東日本大震災の被災地支援からはじまって、どんな相談にものる電話相談サービスとして膨大な連絡を受け付けている『よりそいホットライン』なども、一助になっているでしょう。
それ自体はたいへんうれしいことなのですが、じつは年齢別にみると、19歳以下の自殺者だけが増加しています。若い人たちにはまだまだ、そうした手を差し伸べてくれるシステムがあることすら浸透していない面があるのでしょう。どうにか、なんとかしていきたい。
だれだって生きていれば、いちどくらい『死んでしまいたい』と思うことはあるものです。そのときに、どこからでもいい、伸びてくる手があるかどうか。ほんのちょっとしたことで、死んでしまいたい気持ちにはブレーキをかけられたりもします。『脱・呪縛』も、そうしたちょっとした力になればと思うのです」
呪縛から逃れて、生きる意味を再び見出すには、ちょっとしたことでいいのだ。ささやかな勇気ある言動が人を救うと、鎌田さんは強調する。
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