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クレイジーな会社の一員であることを誇りに思うようになった

転職してわずか三か月、足を骨折し入院生活になるというまさかの事態・・・!でも不思議なことに、入院している間ピクサーに対する気持ちが変わっていった。
2019年3月15日に発売!『PIXAR 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話』(文響社)より特別掲載!

足がらせん骨折していた!

 足はすごく変な感じがするが、意外なほど痛くない。でも、体中ふるえている。頭のなかでは、「スケート靴は脱げるのか?」という言葉がぐるぐる回っている。

 車が何台か止まり、大丈夫かと女性に声をかけられた。

「どうして倒れたのかよくわかりません。足が折れたようです。妻に知らせないと……家はすぐ近くです。ありがとうございます」

「だれか来るまでついていてあげますよ」

 あとから聞いた話によると、だれかが私の家まで報せに行ってくれたらしい。こうして、ヒラリーは、妊娠8カ月の状態で絶対に聞きたくない言葉を聞くことになった。「ご主人が事故に遭われました」だ。

 ヒラリーはすぐ来てくれた。

「大丈夫だ。骨が折れたらしい。スケート靴を脱げそうにないのが心配だ」

「救急隊員がなんとかしてくれるわよ」

 そんな話をしているうちに救急車が到着。隊員は、私の足を見るなり

「スケート靴を取りましょう」

 と言った。いまのほうがいい、後回しにすると大変なことになるという。なにをどうしたのかわからないが、靴はその場で脱がされた。

 救急治療室につくと、左足のレントゲンだ。左足首のすぐ上ですねの太い骨がらせん骨折しているとのこと。整形外科の先生が治療方法を説明してくれた。

 ギプスをして自然治癒を待つか、手術で骨を修復するか、だ。ギプスでいいんじゃないか、少なくとも、手術よりはよさそうだと私は思ったが、ヒラリーはセカンドオピニオンを求めた。スタンフォード大学メディカルセンターに勤めている関係で、どの先生に診てもらうべきかを調べてくれたのだ。

転職して三か月、手術で入院することになった

 日曜日だったのでその日のうちに診てもらうわけにはいかなかったが、翌日には診てもらえる先生がみつかった。というわけで、とりあえず自宅に帰り、大量の痛み止めでがまんしながらカウチで一晩を過ごした。

「ギプスは問題外です。一生、足を引きずることになりかねませんよ。足首にごく近いところがぐちゃぐちゃに折れてますからね。足の長さが違ってしまいます。手術にもリスクはありますが、成功すれば普通に歩けるようになります」

 手術は、長さ20センチメートルほどのチタン棒をねじ込んで骨を固定するらしい。2~3年後にはもう1回手術して棒を取りだすことになる。

「明日には手術ができます。3カ月は車の運転ができませんし、しばらくは痛みも続きます。リハビリも必要です。でも、あまり心配しないことですね。大丈夫ですから」

 あんまり心配するなって?—思わず心の中で叫んでしまった。

 大惨事だぞ。あと3週間で子どもが生まれる。転職して3カ月もたっていない上、上司は厳しいし、会社には成功の戦略を求められている。どうにもならないじゃないか。失敗するのは目に見えている。だが、選択肢がないのも事実だ。

 翌日、私はパロアルトのスタンフォード大学メディカルセンターで手術をうけ、チタン棒で骨をとめ、痛み止めにモルヒネの点滴を受ける状態になった。

 術後数日のことはよく覚えていない。モルヒネで意識がはっきりしなかったらしい。足が焼けるように痛んだことは覚えている。

ピクサー出社を心待ちにするように

 手術の翌日、スティーブが見舞いにきてくれた。突然、病室に現れたのだ。

「痛むかい?」

「耐えられないほどじゃありません。薬がよく効いているのでしょう」

 やせがまんだ。気まずい思いもあった。転職したばかりだというのに、仕事ができなくなってしまったのだ。

「本当にすみません」

「気にしなくていいから。いまは治すことに専念してくれ。なにか必要なことがあったら、僕に知らせてくれよ?」

 病室には花やカードがたくさん届いた。家族や友だちから、そして、ジョブズ家から、エドを初めとするピクサーの人々から。

 退院後も、スティーブが家族を連れて何度も見舞いに来てくれた。知り合って6カ月もたっていないのに、まるで旧友のように扱ってくれたのだ。

 手術自体は成功だった。予定どおりの位置にチタン棒が入り、骨はしっかり固定されていた。

 手術から1週間がたち、モルヒネでもうろうとすることもなくなり、左足に大きなブーツを履いて松葉づえで歩く練習が始まった。そのころ、自分の気持ちが変わっていることに私は気づいた。

 ピクサーに来て約3カ月、その将来性に気がめいり、転職するべきではなかったのかもとまで思っていたというのに、10日休んだだけで、出社を心待ちにするようになっていたのだ。

ピクサーを誇りに思うようになっていた

 状況はなにも変わっていない。足がかりはないままだ。

 だが、気持ちは変わった。けががショックだったからかもしれない。

 入院中、スティーブやピクサーの人々によくしてもらったからかもしれない。

 ピクサーのがんばりをすごいと思うようになったからかもしれない。

 理由はともかく、私は、この会社にいることを誇りに思うようになっていた。それはまちがいない。

 単なる仕事以上の感情をピクサーに抱くようになっていた。ここの人々がしてきたこと、いま、やろうとしていることは、あり得ないほどすごい。クレイジーだ。

 そこに戻りたいと私は思っていた。もっといい状態ならよかったのにとは思うが、なにをすべきかわかる可能性があるならなんとかしたいと思っていた。

 最初になんとかすべきことは、スティーブのオフィスだ。

オーナーとして出社する意味をはっきりさせる

 彼の性格に加え、ピクサーにいらついてきたこと、ストックオプションを与えなかったことなどから、ピクサーの家族的な文化が壊されると社員に恐れられていることをスティーブは気づいていなかった。

 だが、本人にずばりそう言うのは得策じゃない。変に刺激してもいいことはないし、関係を悪化させるリスクを取ることもない。

 だが、どうにかしなければならないのも事実だ。だから、ある晩、スティーブに電話をかけた。

「もう2~3日したら出社するつもりなんですけど、いい機会なので、それと一緒に、あなたがピクサーに顔を出すという件をなんとかしたいと思います」

「おお、いいね。まずは復帰、おめでとう。で、ぼくとしては、オフィスさえ用意してくれればいいよ。そしたら、毎週か隔週か、たぶん、金曜日に顔を出すつもりだ」

「わかりました。ただ、役割や目的もはっきりさせておく必要があるでしょう」

「そんな必要、ないだろう」

 いらだちが感じられる。

「なにせ会社のオーナーですからね。なぜ来るのか、それがなにを意味するのか、みんな、知りたがるはずです。会社にとっては変化ですから。いい変化ですけど、変化であることには違いありません。

 あなたはCEOで力がある。なにか変えたいのかな、やり方を変えたいのかなと、みんな、思ってしまうかもしれません」

ピクサーのみんなに慣れてもらうしかない

「ぼくはなにも変えたいと思っていない。ただ、ピクサーにもう少し近づきたいんだ。その一部になりたいんだよ。映画のマーケティングも気になるしね。マーケティングはディズニーがやることになってるけど、ピクサーの意見も聞いてもらわないと」

「それでいいんじゃないでしょうか。仕事のやり方を変えるために来るんじゃなくて、ピクサーと一体になりたいから、近くにいたいから、映画のマーケティングにかかわりたいから来る、ということで」

 続けて、エド・キャットムルとパム・カーウィンに電話で相談した。

 ふたりが賛同してくれればほかの人たちも納得してくれるだろう。

 エドによると、物語の構築には口を出さないでくれとスティーブに頼んで了承されているとのことだった。パムも、落としどころを見つけなければならないと理解してくれた。

「スティーブはオーナーなのだから、好きなときに会社に顔を出す権利があります。状況をうまくコントロールして、みんなに慣れてもらうしかありません」

 そう言うパムに私も賛同した。

「たしかに。彼には来てもらい、あとは、それをどう位置付けるか、ですね。それくらいしかできませんから」


アップルを追放されたスティーブ・ジョブズとともに、 スタートアップを大きく育てた真実の物語!

『PIXAR世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話』は3月15日に文響社より発売!

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ローレンス・レビー /井口耕二

ジョブズが自腹で支えていた赤字時代、『トイ・ストーリー』のメガヒット、 株式公開、ディズニーによる買収……アップルを追放されたスティーブ・ジョブズとともに、小さなスタートアップを大きく育てた真実の物語。 3月14日に発売する『PI...もっと読む

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