超デジタル人間・有馬が電子書店員になる決意をした深い理由とは?

【第24回】
引きこもり系作家・漣野の電書テロに悩まされる枝折。ある電子書店業界の忘年会で、天敵の超デジタル人間・有馬と遭遇。ひょんなことから有馬が電子書店員に転職した理由を知り、力づけられる。枝折は改めて、漣野と面と向かって話を聞くこうと心に誓う。

文学少女が編集者として一人立ちしていく姿を追いながら変貌する出版界の明日を占うお仕事小説。

◆業界の忘年会で超デジタル書店員と遭遇す

会場は六本木のイタリア料理店だった。オフィスビルの二階にある広い店舗。いくつもの木製の丸テーブルが並び、壁にはワインのラックがある。
 枝折(しおり)たちが到着すると、既に何人か来ていた。電子書店の人間だけでなく、他の出版社の人間も来ると聞いている。

 紙の本の営業なら、他社の社員と交わることも多い。しかし電子書籍では、顔を合わせることがほとんどない。この機会に交友関係を広げようと思い、枝折は積極的に名刺交換をする。同世代の参加者もいて、話に花が咲いた。

 時間になり、人がどっと増えた。岩田(いわた)がやって来て、枝折に耳打ちする。

「こういう飲み会の場も、馬鹿にできねえんだぜ。緊急配信の無理を言う時、相手と打ち解けているかどうかで扱いが変わってくる。こいつのために一肌脱ごうと思ってもらわないとな。その分、こっちも無理難題に答えないといけねえが」

「それって、有馬(ありま)さんのリストの件ですか」

 岩田は、がははと笑い、去って行った。

 まあ、岩田の言うことは分かる。デジタルデータを扱っているが、人と人との仕事であることには変わりがない。プライベートで打ち解けていれば、仕事もスムーズに進む。仲よくなっておいて損はない。

 二時間近くが経過した。そろそろ帰り始めている人を、ちらほらと見かける。どうしようかと思っていると岩田がやって来た。

「すまん。急いで帰らないといけなくなった。おまえは服部(はっとり)と適当なところで切り上げてくれ」

「なにかあったんですか」

「妻が家でコップを割ったらしい。片づけないと危ないからな」

 そんなことで、と枝折は思う。

「はいはい、分かりました。奥さん、大切なんですね」

 岩田が、奥さんファーストなのは枝折も知っている。枝折は、岩田を見送ったあと、再びパーティーの参加者と話し始めた。

 三十分ほど経った。取引先の担当とは、一人を除いて話をした。その一人は、店の端の誰も居ないテーブルで、ウイスキーを飲んでいる。

 無言で過ごしていて暇ではないのか。机の上に紙ナプキンを広げて、ボールペンを持っている。なにをやっているんだ、あの人はと思う。

 いちおう挨拶ぐらいはしておくか、世話になったし振り回されもした。枝折は近づいて声をかける。有馬は不意を打たれたように顔を上げた。

「急に話しかけないでくださいよ」

「なにをしていたんですか」

「ちょっとプログラムを」

 紙ナプキンに視線を落とす。なにか箱のようなものがいくつか書いてあった。

「それ、プログラムなんですか」

「図ですよ。アルゴリズムを考えていたんです。競技プログラミングの締め切りが近いので、より高速な方法はないかと検討していたんです」

「競技プログラミングってなんですか」

「パズルを解く競争みたいなものですよ。問題が出て、それを解くコードを書いて提出する。得点が出てランキングが発表されます。まあゲームのようなものですね」

 枝折は有馬の前に座る。

「もしかして、プライベートでもプログラムを書いているんですか」

「仕事のプログラムの息抜きに、私的なプログラムを書いているんですよ」

 これは重症だ。そう思いながら有馬に話しかける。

「そういえば有馬さんって、なんで電子書店の仕事を始めたんですか。自ら手を挙げて飛び込んだそうじゃないですか。小説とか読まないのに」

 せっかくなので話を聞いておこう。有馬は少し考える仕草をして、ボールペンと紙ナプキンをポケットにしまった。

「前の仕事で思うところがありましてね」

「どういうことを思ったんですか」

「これは私の仕事ではない。そう思ったんですよ」

 一瞬、時間が止まった気がした。電子書籍の部署は、自分が望んだ仕事ではない。そう考えている自分が非難されたかと思った。

「どんな仕事だったんですか」

 有馬は手を挙げて店員を呼ぶ。有馬はウイスキーを頼む。枝折はビールを注文した。

「私は大学を卒業したあと、大手IT会社に入ったんですよ。業界ではSIer《エスアイアー》と呼ばれる業種です。企業の情報システムの構築を請け負う仕事ですが、あまり性に合わなかったですね。三年で辞めました。もっと直接コードを書きたかったので。
 それで入ったのが、ウェブ系のベンチャー企業です。二十五歳の時です。こちらは相性がよかったです。どんどん新しいものを作っていく。そのためにコードを書く。まさに私がやりたい仕事でした。
 しかし会社というものは、同じことをずっと続けるとは限らないのですね。その会社は、ウェブサイトの開発から、広告配信へと業態をシフトしました。アドテクノロジーと呼ばれる領域です。
 営業が広告を取ってきて、契約先のウェブサイトに配信する。単純に言えばそういうシステムです。そうした仕事を数年続けて嫌になったんですよ。自分の仕事が」

 疲れたように有馬は言う。

「どうしてですか」

「あなたはウェブページを見ていて、広告が大量に表示されて嬉しいですか」

「あまり嬉しくないですね。どちらかというと邪魔に感じます」

「人が嫌がることを、あなたは喜んで続けられますか。私はできませんでした。だから辞めようと思ったんです」

 枝折は、有馬の人間らしい一面を、垣間見た気がした。彼も仕事に悩み、自分の仕事を模索した過去を持っていたのだ。

「電子書店に転職したのは」

「人に喜ばれる情報を配信したかったからです。お金を払ってでも、見たいという人たちがいる。そうした本を届けたいと思ったんです。私の技術でマッチングして。
 その意味では、動画でも音楽でもよかったんです。本を選んだのは、動画や音楽ほど、サーバー資源も資金力も必要ないからです。後発のベンチャー企業でも戦える分野です。
 私は自分の技術で、人に喜んでもらえる仕事をしたかった。私は、自分の仕事は、人とコンテンツを繫ぐことだと定義しています」

 枝折は、有馬という人間を見直した。自分より高い理想を掲げて、仕事に取り組んできたのだと知った。

 私は果たして、そこまで仕事について考えていただろうか。自分の趣味嗜好を前面に出して、紙の本にこだわってきたのではないか。

 有馬は自分の技術で、より多くの人に喜んでもらえる仕事をしたいと言った。自分には、なにができるのかと枝折は考える。

「漣野久遠(れんのくおん)の小説、読みましたよ」

 唐突に有馬が言い、枝折は目を向けた。

「単語を拾ったんですか」

「国語の教科書のように読みました。春日(かすが)さんに、ぽかんとされましたからね。十年以上小説なんて読んでいなかったですよ」

 有馬はウイスキーのグラスを口に運ぶ。

「若いですよね彼。そして切実に誰かと繫がりたがっている。そうした様子が文章からにじみ出ている」

 有馬はしばらく黙り込む。

「どれだけ密にメッセージを送り合っても、人を求める渇きは癒えない。遠く離れた場所の人と、リアルタイムに話せる時代だからこそ、心の交わりの欠落が浮き彫りになる。
 漣野久遠の小説が、バーンネットのユーザーと相性がよいと出た理由が分かりましたよ。ネットをヘビーに利用している人たちは、ふと不安になるんです。こんなに他人と繫がっているはずなのに、全てがまやかしに見える時があるのは、なぜだろうかと。
 そして不安は時に痛みに変わる。漣野久遠は、そうした繫がれない心の痛みを書く作家なんですね」

 沈黙が二人のあいだを覆う。枝折は、漣野と連絡が取れていないことを思い出す。

 直接会いに行こう。漣野だけではない。まだ原稿が完成していない全ての作家を回ろう。土日を使っても構わない。プライベートな時間を削ってもよい。これは私がやりたいことだ。枝折は彼らの話を、もう一度しっかり聞こうと思った。

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#電書ハック

柳井政和

小説が好きで出版社に就職した春日枝折だったが、配属されたのは電子書籍編集部。 紙の本から戦力外通告を受けた老作家、ネット民には刺さる準引きこもり作家、紙の本には目もくれないデジタル電子書店員たちとの出会いに戸惑う枝折。 やがて作家たち...もっと読む

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natukusa “「電子書店に転職したのは」 「人に喜ばれる情報を配信したかったからです。お金を払ってでも、見たいという人たちがいる。そうした本を届けたいと思ったんです。(後略)” #電書ハック https://t.co/tLyAkba7r7… https://t.co/eiofuNktq0 1年以上前 replyretweetfavorite