想像もできないほどクリエイティブで技術的な魔法
次が本日のメインイベント、ピクサーが初めて作っている長編アニメーションの最初、数分間の上映だ。
まだ名前は決まっておらず、とりあえず、『トイ・ストーリー』と呼んでいるとのこと。
上映前にいろいろと注意があった。
「ご覧いただくシーンのすべてが完成しているわけではないことをご承知おきください。アニメーションの作業ができていないものもあり、一部のキャラクターが単なるブロックで表現されていたりします。光の処理も終わっていないので、暗いところや変に明るくなってしまっているところがあったりします。せりふも最終版ではなく、ピクサー社員がとりあえず声を当てているところがあったりします」
ここまで言われて、ようやく部屋が暗くなった。私はひじ掛け椅子に座りなおし、スクリーンを見上げた。
「まいったな。誕生パーティーを今日やるって?」がウッディの第一声だった。
ウッディとは、コンピューターアニメーションで描かれた子ども、アンディのコンピューターアニメーションで描かれたベッドに座るコンピューターアニメーションで描かれたカウボーイ人形である。
それから数分間、このおんぼろ映画館で、製油所の向かいにあるごく普通のこのビルで、いまにも倒れそうなこの会社で、私は、想像もできなかったほどクリエイティブで技術的な魔法を体験した。
おもちゃが生きているように見えた
開幕の舞台は、ちょうど誕生日を迎えるアンディという少年の部屋だ。いかにも男の子という感じの部屋で、壁紙は青地に白い雲が描かれているし、おもちゃがたくさん散らかっている。
普通じゃないのは、人間がいなくなるとおもちゃが勝手に動きはじめる点だ。この日、アンディが新しい誕生日プレゼントをもらえば自分たちの地位が落ちてしまうと、おもちゃはみなパニックになっていた。
アンディのお気に入りであるウッディは、おもちゃのリーダーとして、みなを鎮めようとする。そして、緑色をした小さな兵士を誕生日プレゼントの偵察に出す。隊列を組んでキッチンのドアに近づいたとき、アンディのお母さんが近づいてきたため、兵士は動きを止める。自分たちが生きていることを悟られてはならないからだ。
ドアを開けたお母さんは兵士のひとりを踏んづけると、アンディがプラスチックの兵隊を散らかしていると怒って残りを横に蹴飛ばす。
この瞬間、彼女が兵士を踏んづけた……そのとき、私はひじ掛け椅子に座って見ていたわけだが……その瞬間、思いもかけないことが起きた。プラスチックの兵士が心配になったのだ。
思わず身をすくめ、彼は大丈夫だっただろうかと案じてしまった。数秒後、全員がまた動きだす。踏まれた兵士はけがをしたが、命に別条はないようだ。オレにはかまわず進んでくれと彼が言うと、
仲間が「なにを言う。自分たちは仲間じゃないか」と肩を貸す。
バズもウッディも、人間のようだった!
「なんなんだ? なんなんだ、これ?」頭の中でそんな言葉が鳴りひびく。
フィルムの最後は、バズ・ライトイヤーが登場するシーンだった。アンディがベッドの特等席からウッディをどかし、バズを置く。ウッディは、大丈夫、たいしたことじゃない、新しいおもちゃと友だちになろうぜとみんなに呼びかける。
そして、ウッディが近づいたとき、バズが目を覚ます。
バズはなんどか瞬きをすると、
「バズ・ライトイヤーからスターコマンドへ。応答せよ、スターコマンド」
と通信機で呼びかける。自分は任務遂行中の宇宙飛行士だと思っているのだ。
それを、私はひじ掛け椅子に座って見ているのだが、登場するおもちゃはみんな生きている本物だと感じてしまった。そして、このバズ・ライトイヤーは、自分がおもちゃじゃないと信じ込んでいるんだと思ってしまった。
信じられない。
魔法のからくりを見るチャンス
フィルムが終わると、エドが振り向いた。
「いかがでしたか?」
「いや……なんて言ったらいいんでしょう。すごい。こんなの初めてです。短編とはまるで別物でした」
「そう言っていただけるとうれしいですね。まだまだ完成にはほど遠い状態ですが、どんな感じになるのかはわかっていただけたのではないかと思います」
「みんな、びっくりすると思いますよ。こんなものが出てくるとは想像もできないはずですから。本当にすばらしい」
「そうなってほしいですね。我々はこれに賭けてますから」
明かりがつくと、私は、ぼろい試写室のぼろいひじ掛け椅子に座ったままだった。
だが、たしかに10分間、私はほかのどこかに飛んでいた。アンディの部屋だ。おもちゃが生きている世界だ。おもちゃが感情を持ち、問題を抱えている世界だ。こんなものが作れるなんて、このビルには魔法使いがいるに違いない。
「社内をご案内しましょうか」
エドの申し出に
「ええ、ぜひとも」
私は一も二もなく飛びついた。ここで働くかどうかはまだ決められないが、魔法のからくりを見せてもらうチャンスをふいにする手はない。
気の遠くなるようなアニメ作りの作業
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