性同一性障害を救った医師の物語⑯

たとえ罰せられても医師として覚悟の上。国や法律ができる前から医療は存在してるんだ」。性同一性障害の手術を約600例執刀した医師・和田耕治の知られざる物語。 日本国内で性転換(性別適合)手術がタブーの頃から自らの哲学のもと、性に悩める患者を救い続けてきた伝説の医師が今蘇る!書籍「ペニスカッター」より、本文を抜粋してお届けします。

性同一性障害を救った医師の物語⑯


前回までのあらすじ
結局、大阪地検は最終的に耕治を不起訴処分にする。性転換手術の是非そのものは議論になることはなかった。そうしている間にも、現場からは多くの患者から手術を求める声が上がっている。

第11章 医療機関への憂慮と希望

苦言、美容形成外科医へ

耕治は、性転換手術に関わった者として言うー。

最近は形成外科や美容外科が医学生に人気なようですが、いったい何を考えてんでしょうか。正統派の多くの医師達は性転換手術を無視し、性同一性障害を三〇年間も見捨て続け、やっと一〇年前に始まった〔このブログ記事は二〇〇六年公開〕大学の精神科・ 外科の性同治療もこの一〇年間で、目の前にいる患者たちにどれだけのことをしてくれたでしょうか。何一つ評価しないと言うつもりはありません。

しかし一〇年も経っているのにまだこれだけなのかという患者たちの悲鳴、初診まで 半年〜一年、手術まで三〜五年という非効率な診療実態は、いったい誰に責任があるの でしょうか。治療が治療の体をなしてないのに、定められたガイドラインにどれだけの重要性があるでしょうか。 すべて医者が医者の義務を果たさず、特に外科医が性同を理解できず、トラブルを恐れ、 手術に対し消極的なままやってきたことが諸悪の根元なのです。

患者不在の医療

また、日本の公的医療機関が、GID(性同一性障害)治療、SRS(性転換手術)に取り組み始めたものの、その後の進展の遅延ぶりを耕治は憂えている。

現在の法律にもまだ色々な問題がありますが、それより一番大きな問題は一九九八年以降埼玉医大、岡山医大などがSRSに取り組みはじめたもののまだ全国の患者の治療の希望にはまったく応えられてなく、不当に治療を遅延され、まだ多くの患者さんが外国へいかざるをえない実情にあるということです。

すでに戸籍特例法が施行され、性別変更の要件としてSRSを済ませなくてはならないのに国内ではその手術を受ける手続きがたいへん煩雑で実質受けられないのと同じと いう現状は特例法の成立した意味をも台無しにしている、まったく患者不在の医療でしかないと思います。 精神科的に診断され、治療や手術の必要が、この治療に関わる専門医師たちによって判断されたら、患者さん本位に積極的に治療が進められていくべきです。とくに手術はただ行えば良いというものではなく、より良い結果が望まれます。

そのためには外科医には経験の積み重ねが必要で、国内でも受けられるが、できが悪くて高いだけというの では、患者さんは結局外国へ手術を求めて行くわけで、それではいつまでたっても日本 のSRS治療は進歩しませんし、結局は患者さんの利益にもつながりません。 私は表だってSRSをやれば、必ずこの国では現状のように患者さん本位に事態が進みにくいとわかっていましたから、ある程度の問題があることを承知で独自の方針でやってきました。

はじめの頃は妨害や脅しも多くありましたが、一九九八年以降、国内の 大学でSRSの実施が検討されるようになると、そういったこともなくなり、大学が取り組み始めた意義を深く感謝していましたが、しかしその後のあまりの治療の進展の遅延ぶりには患者不在の念を禁じ得ません。 (書類送検報道時、記者とのメール)

治療のあり方、医療機関とのつながり

公的な治療のあり方に憂慮を示しながらも、あの不幸な事故の後も、耕治は着々と目の前の悩める人たちを救い続け、自身の技法にもますます磨きをかけていった。また、大学や各医療機関とのつながりもできつつあった。

こうして今まで二〇〇〇人近いGIDの人たちと治療を通じて関わってきました。当然GID治療は基本的にカウンセリング診断、ホルモン療法、手術と進みますが、 具体的な内容や進め具合は患者さんによって異なります。一言でGIDといっても様々で、 当然治療の進め方も人それぞれで異なるのです。 私は診断からすべてに責任をもって基本的に一人で治療を計画し、進めていきますが、 患者さんによっては治療を拒否したり、精神科の診断を求めたり、SRSに早く進むこともあれば、何年もかかることも当然あります。

SRSに関しては、施設は技術の面からMTFにしか行ってませんが、GIDの治療のため現在は大学その他の医療機関から患者さんの紹介を受けたり、手術の技術指導を依頼されたり、また当院からSRS後の患者さんの戸籍特例法による性別変更申請のた めの診断書作成を大学に依頼したりなど、だんだんと各医療機関との繫がりもできつつあります。 (書類送検報道時、記者とのメール)

動向

耕治の執刀したMTF̶ SRSは、この頃三〇〇例を超えていた。 造膣技術も相変わらず研究を重ね、二〇〇四年バージョンのマイナーチェンジ版である二〇〇五年バージョンが完成していた。 また世の動きを見れば、二〇〇一年にはテレビドラマ「金八先生」で性同一性障害を取り上げた回が放映され、話題となった。また性同一性障害をもつ人たちが表立った活動を見せていた。

二〇〇二年三月、競艇の安藤大将(旧名:安藤千夏)選手が性同一性障害を公表し、女子から男子に選手登録を変更。六月には、女装での出勤を理由に懲戒解雇された性同一性障害の従業員が裁判で勝訴、解雇は無効となった。また二〇〇三年には性転換手術を受けたことを公表し当選した日本初となる議員(世田谷区議、上川あや議員)も誕生し、さらに同年七月には性同一性障害者特例法が成立し翌年七月に施行となった。

すでに一九七二年に性転換済みだったカルーセル麻紀も、ここにきて晴れて戸籍上の性別を変更できた。 遅々としてではあるが、日本もようやくこの分野に門戸を開き始めたと耕治は実感するのだった。おりを見て、何か発表できる機会をうかがっていた。そこへある招待を受ける。

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性同一性障害の手術を約600例執刀した医師・和田耕治のノンフィクション

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性同一性障害を救った医師の物語

和田 耕治/深町公美子

「たとえ罰せられても医師として覚悟の上。国や法律ができる前から医療は存在してるんだ」。 性同一性障害者の手術を約600例執刀した医師・和田耕治の知られざる物語。 日本国内で性転換(性別適合)手術がタブーの頃から自らの哲学のもと、性に...もっと読む

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コメント

yonezawaizumi いきなり康先生のお名前が出てきて不意打ちをくらった(^^ゞ https://t.co/59VWMlJvmN 10ヶ月前 replyretweetfavorite

PagannPoetry 今週分の更新です。しかしこれは、今の日本でも同じことが続いているのでは。 “まだ全国の患者の治療の希望にはまったく応えられてなく、不当に治療を遅延され、まだ多くの患者さんが外国へいかざるをえない実情にあるということです。” https://t.co/0vwaQeu1rs 10ヶ月前 replyretweetfavorite