ノー・スメルスライクティーンスピリット
私の本業は下ネタ製造機ではなく一応小説家なのだが、情景などを書くとき若干悩みがちなのが「匂い」の描写だ。成人するまで蓄膿症を患っており、あらゆる匂いがよく分からない人生を過ごしていたからだ。症状は今思うとけっこう重くて、カレーの匂いとかドブの匂いみたいなパンチのあるスメルでも感知できないことが多々あった。
「鼻の穴に超長い金属棒を挿入する」「細いホースを鼻に突っ込んで水を流しっぱなしにする」等の電撃ネットワークのようなハードな治療の末いまは快癒しているのだが、よって青春の記憶に「匂い」があんまり無い。どっちかというと嫌な思い出のほうが多い。自分には匂いがぜんぜん分からないのに他人には臭いと言われるアレである。各所に書いてるが子供時代から今に至るまでわりかしエクステンデッドな貧乏暮しをしており、学童期も風呂は三日にいっぺん入れればいいような環境だった。今こそ毎日風呂に入れるにもかかわらず人に会う用事がなければ平気で一週間顔も洗わない生活をしがちな私だが、当時は学校でくさいくさい言われてほんとにイヤだった。また貧乏のくせにロハス家庭だったもんで合成洗剤の類は一切使用不可、洗い立ての髪も洗濯した服も廃油石けんくさいという理由でハブられがちであった。自分じゃ分からない匂いのことであれこれ言われるのはしんどい。なので一人暮らしを始めて真っ先にしたのは、合成香料がゴリゴリに入った洗剤とシャンプーとコンディショナーとボディソープを買って、全身を人工的なフローラルスメルで覆い尽くすことだった。自分の身体や服からケミカルな匂いがするのを感じて、これでやっと「世間」に参入できたとほっとしたもんである。
好きなあの子のあの匂い
世間様?ケッ!(中指を立てるemoji)みたいなわたくしにもそういうウブい時期があったわけですが、しかしこれ、私が男子だったらあんなに気に病んでたかなというのはちょっと思ってしまう。「女の子はいい匂いがして当たり前」みたいな「世間様」の空気に染められていた感はある。
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