いよいよ物語が大きく動く!角田光代訳『源氏物語』中巻発売!

中巻になって作者は人間を書き始めた」

源氏物語1000年を記念し、京都で2008年に宣言された「古典の日」。10周年にあたる2018年11月1日、「古典の日フォーラム2018」で角田光代さんは「今、『源氏物語』を訳して」と題して、自身の現代語訳について語りました。聞き手は元NHKアナウンサーの三宅民夫さん。会場となった京都劇場は若い人から年配まで熱心な古典ファンを中心に1000人近く集まり、大盛況となったその対談を2回にわけてお届けします。

格調のない『源氏物語』にしよう、と。


三宅 ちょうど、「源氏物語」の中巻が出たばかりですね。

角田 本当は5月刊だったんですが、遅れに遅れまして、今日(11月1日)ようやく刊行の運びになりました。

三宅 とっても大きな仕事です。最初の上巻が去年出て、中巻が出て、このたいへんな仕事をやるきっかけは何だったんでしょうか?

角田 2013年に河出書房新社の編集者の方から、池澤夏樹さんの全集シリーズを今度、日本編でやるというお話を聞きまして、そして『古事記』から始まって現代小説まで載せるというラインナップを教えていただきました。すでに古典新訳は『古事記』は誰がやる、『竹取物語』は誰がやる、『伊勢物語』は誰がやる。ラインナップの横に現代語訳をやる方の名前が書いてあったんですが、『源氏物語』の横に角田光代って書いてあったので、私は『源氏物語』なのだな……と。私、池澤さんの大ファンだったので、池澤さんが関わる仕事だったら、是非やらせていただきたいと言うよりも、断ることはできないな、と、引き受けさせていただきました。

三宅 『源氏物語』に自分の名前が入っていた。簡単な仕事じゃないですよね。しかも過去、さまざまな方が訳されています。瀬戸内寂聴さんとか円地文子さんとか。プレッシャーみたいなものはありませんでしたか?

角田 それは逆になくて……。というのも、いろんな方が訳されている。谷崎(潤一郎)から瀬戸内寂聴先生、円地文子先生。橋本治先生も訳されていますし、最近では林真理子先生が訳されています。とにかくいろんなアプローチ訳があって、すべてすばらしいものだから、みんなそれを読めばいいんじゃないかと思ったんです。そこに角田光代の訳が加わったとしても、別にそれは読まなければいいじゃないかと思って(笑)。私が訳すことは上書きすることではない。その中の末に加えてもらっても、別に他の訳を読めばいいんだから、いいんじゃないかな、と思ったので、全然プレッシャーはなかったんです。

三宅 負けちゃいけないとか、自分の肩に力が入っているとかはなかった。

角田 そちらを読んでください、私のは読まないでいいですという気持ちの方が強かったです。

三宅 でも、自分なりの訳を考えないといけないという気もしますが。

角田 そうなんです。実は、何が難しかったって、そこが一番難しかったです。さっき池澤さんのお話(*この対談前に池澤夏樹氏の講演があった)を聞いていたら、「古典に対しては、学生時代に勉強して、何か苦手意識があって、そして興味がなかった」とおっしゃっていましたが、私は、古典自身は嫌いではなかったんですが、『源氏物語』について特に何も思わなかったし、まったく愛情がなかった。愛情がないというのは、嫌いだという意味ではないんですよ。興味がない、の一言につきるんですね。でも、いろんな方々が今までやってこられた訳を見てみると、皆さんいろいろな意味で、いろんな観点から『源氏物語』に対する愛情がある。現代語訳というのは、その人の持っているその物語への愛情が立脚点になる。皆さん、そこを足がかりにして、自分なりの訳を展開している。その時に、自分の中に愛情がないので、どこに立脚点をつくっていいのか、どの観点から訳していいのかわからない、というのが本当に苦しくて、そこを決めるまでがたいへん悩みました。

三宅 テレビ番組も愛情があるとよくなってくるのでよくわかります。それが見いだせないのはつらい。それで、どうされたんですか?

角田 それで、愛情がないまま始めたんですが、いろいろな方のすばらしい訳を一生懸命読もうと思っても、中に入っていけない感触があって、必ず私は途中で挫折してしまう。それが、『源氏物語』のダイジェストであったり、短くした解説文を読んだ時は、こんなにおもしろい物語なのかと入れたんです。

三宅 解説したものの方が入れた。

角田 はい。これはきちんと訳す、丁寧に訳すというよりも、ページをめくる手が止まらなくなるような、ダイジェスト版のような現代語訳にしたら、もっと大きな物語をつかめるのではないかな、と。そこで、ようやく自分の足掛かりを見つけた気がしたんです。
 ともかく“ばっ”と一気に読めるために、格調はいらない。格調がある訳は他の皆さんが出しているから、私は日本一格調のない『源氏物語』 にしよう、格調高さよりもこの話のおもしろさ、物語のすごさを全面に出そう、と決めたんです。その時、ようやくどうすればいいのか、というのが決って、そのために一番大きなことは、敬語は使わないということだったんです。

三宅 敬語で、読みにくくなっていると。

角田 そうなんです。同時に『源氏物語』は、敬語ありきの小説なんです。尊敬語や謙遜語で立場の違いをうまく出していて、誰が誰より偉いのか、どの女の人が夫より身分が高いのかということを全部細かく出しているので、それを取ると普通の人間達が恋に悩んだり、思いが行き違ったりする物語になってしまう。『源氏物語』から敬語を取るということは、本当にひどい、犯罪的なことだと思いますが、それを敢えてやりました。

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いよいよ物語が大きく動く!角田光代訳『源氏物語』中巻発売!

「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」編集部

発売以来、話題騒然!角田光代による新訳『源氏物語』。 『八日目の蟬』など数多くのベストセラー作を生み出してきた角田さんが“長編小説断ち”宣言をしてまで、現代語訳を引き受けた理由、実際に訳しはじめてからの苦労や「源氏物語」の魅力...もっと読む

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Kawade_bungei 元NHKアナウンサーの三宅民夫さんと角田さんの対談です!→ 1年以上前 replyretweetfavorite