大久保伸隆さんは2018年、株式会社ミナデインを立ち上げた。
食を通したまちづくりを手がけながら、めざすところはこう。
遊び心とつながりによって、関わる人を豊かにする。
これを実現するための、大久保さんのとっておきの方法は、こちら。
余白を、つくる。
そうしてこそ、お客さんを含めた関わるすべての人を巻き込み、ともに成長していけると信じているのである。
表面にはまだ表れない工夫とビジョン
来たる12月8日のこと。千葉県佐倉市ユーカリが丘の駅前に、一軒のレストランがオープンする。
「里山transit」と名付けられたその店は、昼はファミリーレストラン、夜は雰囲気のある居酒屋と、「二毛作」型の形態をとる。
店を手がけているのは、飲食やまちづくり事業を営むミナデイン。2018年夏の創業と同時に、東京・新橋で「烏森百薬」をオープンさせており、ユーカリが丘は同社が取り組む2号店となる。
起業した年に早くも、大規模ニュータウン駅前という格好の立地に、席数90の大きな店を構えるとは、なかなかのスピード感。だけどミナデインを率いる大久保伸隆さんには、そうした事実を誇る気配などまるでない。
それよりも、この店には表面にはまだ表れない工夫とビジョンを背負っており、それを軌道に乗せて行くことへいまはとにかく注力したいという。
どんな工夫やビジョンだろうか? それを知るには、大久保さんのこれまでの仕事と思考法を教えてもらいながらのほうがよさそうだ。
「いい店には必ず『色気』があるもの。そこを醸し出せるようにと気をつけました」
「烏森百薬」について、大久保さんはそう話す。
そこはカウンター席が中心で、外席と2階の個室がある小さい店舗。昼はランチとコーヒーを供し、暮れれば「百薬の長」たるお酒を各種揃え、厳選したおいしい料理もウリとなる。
「そういう店では、カウンターの台となる一枚板の存在感が、雰囲気を決定づける要素になります。いいものを探していたのですが、なかなかこれぞというものが見つからなかった。
でも、そこで妥協はできません。ガラス張りの店なので、板のよさへのこだわりは、通りがかる人に『お、いい店できたんだ』と思ってもらえるかどうかに直結しますから。
開業2週間前になってもまだ粘り、なんとか思い通りのものを見つけました。つくり手の店づくりへの強烈な思いは必ずどこかに滲み出て、お客さんに伝わって色気を生み出すんですよ」
出店した新橋の烏森一帯は古くからの建物が残り、小規模の飲み屋がぎゅうぎゅうと軒を並べる。近隣の勤め人が帰りに一杯引っかけようと毎日押し寄せる、飲食業の激戦区だ。
そこへ新規参入した大久保さんの店は、最初の四半期で目標を大きく上回る順調な滑り出しを見せた。それも当然だろうと、宵も深まってから烏森をぶらつくと納得できる。「烏森百薬」は無数の同業と比べてよく目立つ。小綺麗でセンスがよさそう、それでいて気取りすぎていない。
日本酒の瓶やメニューを書いた黒板が通りから見えて、入ると何を楽しめるかが明確だし、雰囲気はいいけれど、ふらり立ち寄ってもいい程度の価格設定だろうとも想像させる。実際は想像以上にリーズナブルで驚くのだけれど。いろいろとバランスがいいのだ。
大事なポイントこそ、他力を信じて委ねる
店で出される料理と酒はといえば、これがまたオリジナリティにあふれる。
いや、メニュー自体はいたってシンプルだ。品数がかなり絞り込んであるうえに、おでん、からあげ、ぎょうざなど定番のものが並んでいる。ただしそれらには、「どこのだれの」品であるかが明記してある。店のオリジナルをうたうのではなく、外部の素材とレシピを用いていることを堂々と語る。
店内に掲げた黒板には、お客さんのリクエストを受け付けるコーナーがある。要望を聞きそこに書き留めておき、大久保さんの判断で可能となればメニューに加わることもある。
客の立場からすれば、どれもありがたい方針だ。うまい料理、いい酒を楽しめるのが何よりなわけで、それが店主ひとりのこだわりで実現したものか、外部の知恵や力を使いながらのものかは、どちらでもかまわないのだから。
「日本酒や焼酎も、店で銘柄を決定しているわけではないんです。業者・生産者に頼んで、いまの時期にいちばんいいものを5種類選んで送ってもらっています。専門に扱っている人やつくり手が、だれよりもいいものを知っていますからね。
お客さんは最高の旬のお酒を飲めるし、そういう頼み方をすると業者さんを巻き込んで、いろんな可能性をともに研究できます。スタッフも自分の好みに凝り固まらず、次々と異なるお酒を知って勉強ができる。
大事なポイントこそ、他力を信じて委ねる。そうすることで、あらゆる方面の人をワクワクさせることができて、やる気も引き出せて、楽しさのデザインができるのだと思います」
そう、つまりは余白をつくっておくということなのだ。自分ですべてを決め固めてしまうのではなく、人がそこへ気軽に参加できる余地を残しておく。そうすることで、個人で成し得る以上のことができる。それが大久保さんの仕事の流儀である。
「そもそもお酒は、店がみずから醸造するわけではないですよね。ならばつくる現場に近い人に、おすすめのものまで選んでもらったほうがいい。料理もそうです。食材はこだわっていろんな一流生産者から仕入れる店が多い。だったらレシピやメニューも、一流の人の力を借りて、店側はそれらの絞り込みや組み合わせに注力するということでいいのでは」
なるほど店は食の編集、キュレーションの役割を担うという発想か。または大久保さんは「食のDJ」をしていると言ってもいい。
ただし、だ。編集しキュレーションして、DJとしてふるまうには、食に対する相応のセンスと知見がなければならぬ。これが最高のセレクトですと自信を持って絞り込み、人に勧めるには、よほどの自信と胆力が必要になりそうだけれど。
その点、大久保さんには裏打ちがある。もともと旅行好きで、国内外を問わずいろんな土地を訪れ、ありとあらゆる飲食店を訪れてきた。おいしいもの、雰囲気のいい場所のストックは数限りなく蓄えてきた自負がある。
(後編に続く)
撮影:黑田菜月
後編『おいしい「食」だけではない、新しい飲食店への挑戦』は12/3公開予定。