刑務官に付き添われて面会室に現れた小見浦は、坊主頭の固太りした男で、年齢は五十九歳らしかった。左目に比べて右目が大きく、短い薄い眉毛が、精力の些か露骨な隠喩のような額の皮を押し上げている。鯉のような口をしていて、城戸の姿を見ると嬉しそうに笑った。
「いや、こんなイケメンの弁護士先生に会いに来てもらえるとは! 私は自分の容貌に劣等感がありましてね。こんなことになってるのも、それを跳ね返そうとする力が、歪んでしまったせいなんですよ。」
透明のアクリル板越しに座りながら、小見浦は首を斜めに傾けて、城戸を値踏みするように見ながら言った。少し舌足らずな喋り方だった。愛想は良かったが、俺を馬鹿にしたら殺す、とでも秘かに凄んでみせているような圧迫感があった。
「イケメン」云々はいかにも口から出任せという感じがしたが──しかも、それが伝わるように意図していた──、「劣等感」の訴えには本心らしさが覗いていた。城戸は、潰れ気味の左目と見開かれた右目が、何かを隠しつつ、何かを信じさせようとする彼の言葉を奇妙に象徴しているように感じた。
小見浦は、城戸が特にその挨拶代わりの言葉に取り合わず、本題に入ろうとすると、出し抜けに、
「先生、在日でしょう?」
と言った。
城戸は顔を顰めたが、喉元を絞められたように、咄嗟に言葉が出なかった。ほど経て静かに嘆息すると、彼は、実際に自分が、数秒間、呼吸をしていなかったことに気がついた。傍らの刑務官は、無関心らしく座っているだけだった。
「──ね?」
「答えるべきことですか?」
「顔見たらわかりますよ。特に目鼻立ち。私はすぐに見抜けるんですよ。」
「三世ですよ、僕は。もう帰化して日本国籍ですが。」
城戸の脳裏には、毎朝、洗面所の鏡で見ている自分の顔が過った。腹が立ったが、面接時間を無駄にしたくないので、面には表さなかった。小見浦は、それでようやく「劣等感」と一種の優越感とのバランスが取れたように、唇を捲り上げるようにして上の歯だけを見せて笑った。
城戸は、簡単に自己紹介をして、面会理由を説明した。小見浦は、気のない様子で相槌を打っていたが、そのうち、城戸の言葉を遮るようにして、
「先生、世の中には、三百歳まで生きる人間って本当にいるんですね?」
と言った。
「……え?」
「よく言うじゃないですか、三百歳の人間がいるって。」
「聞いたことないです。」
「先生みたいな人の住む世界には、いないんですかね、やっぱり。──ここだけの話ですけど、この刑務所の中にもいたんですよ。もう出所しましたけど。」
職業柄、色んな人間を見てきたが、こんなにいかがわしい男も珍しいと城戸は思った。腕時計を見て、話を戻そうとしたが、小見浦は、構わずその「三百歳の人間」についての印象を、時折アクリル板に顔を近づけながら、声を潜めて話し続けた。まったくとりとめのない内容だった。
面会時間が残り十五分ほどになったところで、城戸は堪らず口を挟んだ。
「すごく面白い話ですが、今日は六年前の事件について伺いたいんです。谷口大祐さんという方、ご存じないですか?」
小見浦は、城戸が取り出した写真を一瞥したが、明らかに気分を害した様子で、背もたれに身を預けると、つまらなそうに天井を見上げた。城戸は、刑務官を見るともなく見て話を続けた。
「彼の名を名乗っていた男性が亡くなってるんです。でも、彼は谷口大祐さんじゃなくて、本物の谷口さんは行方不明なんです。これは僕の推測なのですが、もしかすると、小見浦さんが彼らの戸籍の交換について、何かご存じなんじゃないかと思いまして。」
小見浦は、顎をちょんと突き出して、
「伊香保温泉の次男坊でしょう?」と言った。
城戸は目を瞠った。
「そうです! ご存じですか?」
「さあ、……今日はもういいでしょ。」
「彼が誰と戸籍を交換したのか、知りたいんです。教えていただけませんか?」
「交換じゃなくて、身許のロンダリングですよ。汚いお金と同じで、過去を洗浄したい人はいっぱいいるでしょ? 系図買いってのは、昔からあるんです。先生だって、そうでしょう? まあ、私は見抜けますけどね。」
「……。」
「先生、今度来る時、手土産持ってきてくれます?」
「……何ですか?」
「『アサヒ芸能』。あと、般若心経の本。わかりやすいのがいいですわ。」
刑務官が、面会時間の終わりを告げた。城戸は頷いたが、小見浦は物足りなそうだった。城戸を見下ろしながら、
「先生は、在日っぽくない在日ですね。でも、それはつまり、在日っぽいってことなんですよ。私みたいな詐欺師と一緒で。」
と、また前歯だけを剥いて笑って言った。
城戸は、怒りを爆発させそうになった。しかし、腰が抜けたようになってどうしても椅子から立ち上がることが出来ず、結局ただ、彼が面会室から出て行くのを見ていただけだった。
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