イギリスの劇作家A・A・ミルンの児童小説『くまのプーさん』は、1966年に短編アニメーション化されていらい、ディズニーでも屈指の人気シリーズとなった。過去に多数の映像作品が作られてきたが、このたび初めて実写映画化された。
本作の主人公は、かつてプーや仲間たちと友情を育んだ少年、クリストファー・ロビン。彼は寄宿舎での生活を始めるため、プーたちの住む土地「100エーカーの森」を離れる。やがて大人になり、戦争へ駆り出されるクリストファー。戦争終結後、結婚し子どもが生まれた彼は、旅行鞄メーカーへ就職し、懸命に働く。激務のなか、中間管理職として悩み多き日々を送っていた彼は、プーや100エーカーの森の存在などすっかり忘れていた。そんなある日、クリストファーは自宅近くの公園にふと姿を現したプーを見つけ仰天する。なぜここにプーがいるのか? ひとりで帰れなくなったプーを家へ戻すため、彼は100エーカーの森をふたたび訪ねる。
主演に、『トレインスポッティング』('96)で知られるユアン・マクレガー。監督は『007 慰めの報酬』('08)『ワールド・ウォーZ』('13)などを手がけたマーク・フォースターが務める。
映画全体に漂う不穏な雰囲気に、まず観客は驚くだろう。「くまのプーさん」がほんらい持つ柔和なイメージを期待した観客は、冒頭から連続する暗いシーンに身構えるほかない。プーと別れたクリストファーは、厳格な寄宿舎の生徒として体罰を受け、次の場面では戦場で銃を構える兵士となる。戦争終結後に就職した会社では、経費削減のためにリストラする従業員のリストを作るよう命令され、煩悶する管理職となる。どれも暗い場面ばかりだ。さらには、唯一心安らぐ場所であるはずの家庭ですら、激務で家族との時間が持てないことからすれ違いが生じている。
ずいぶん気の毒な主人公だと同情を禁じ得ないが、こうした描写の数々からは、実際に兵士として第一次世界大戦を経験し、戦後もPTSDに苦しんだといわれる原作者、A・A・ミルンの苦悩を感じ取れる。過去の記憶を断ち切ることの苦しみが、物語と密接につながっているのだ。 また、100エーカーの森で生活を続けるプーやその仲間の暮らしぶりも不穏である。ぬいぐるみのプーは全体的に色あせ、布や糸はほつれている。100エーカーの森は活気がなく、朽ち果てた場所のようにも見える。
いよいよ救いのないフィルムだという予感は、プーと再会したクリストファーの困惑でさらに確かなものとなる。クリストファーは、プーとの再会をまったく喜んでいない。厄介な相手を抱え込んでしまった、というクリストファーの困惑ばかりが強調される。「動いて会話するぬいぐるみ」であるプーは、人目についてはいけない厄介な存在である。場違いな言動やのんびりとした態度が都会のスピードとかみあわず、クリストファーを苛立たせるプー。
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