イラスト:堀越ジェシーありさ
辛かった一年が過ぎ、また春がやって来た。
ちょうど心に決めていた三年がたつので、私はこの春、辞表を出して銀行の仕事を辞めた。
嬉しいことに、支店長は寂しそうにしてくれていた。優妃ちゃんも、無表情ながらも、ちょっとだけ別れを惜しんでいるように見えた。崎田も形式的ではあったが、別れの挨拶をしてくれた。
私はまだあの一件を許していないので、彼に対しては心を閉ざしたままである。
無職になる予定の私だったが、大学時代の友達で、漫画の専門学校の事務をしている子に「私、もう次の春で仕事辞めるんだー。仕事探さなきゃ」と話していたら、「そうなの? うちの経理の人が退職するらしくて、人探してるって言ってたよ。裕子のこと、紹介してあげよっか?」と言ってもらったのだ。
軽い面接などがあって、春からそこで働くことがトントン拍子で決まった。幸運なことに、とりあえずは仕事に困らずに済みそうだ。数は少なくとも、持つべきものは友達である。
新しい職場は、大きなビルの中に様々な科がある専門学校のようで、夢を追いかける若者がたくさん出入りしている。それを見ていると、私も自然と夢を追いかけてみようかという気持ちになる。
私は初めて夢工場に来た日に構想を練っていた、冒険漫画を描いてみたいと思った。業界の人の話を聞いていると、SNSで漫画を上げて、そこで話題になってから出版する人もいるらしい。
私が以前漫画を上げていたアカウントを見せると、フォロワーがかなり多い方らしく、才能あるんじゃない、とお世辞までいただいてしまった。簡単なことではないだろうが、仕事をしながらでも色々挑戦してみようと思う。
誰も想像だにしないことが、世の中には起こるものだ。こんな私が、みんなの夢のもとが作られる夢工場の管理人をしているなんて、誰が想像するだろうか。
夢は、ほとんどの人がすぐに忘れてしまうが、誰もが毎日のように見ているものでもある。そんな視聴率百パーセントのものを自分が管理していると思うと、ふと、これは自分にはちょっと大役すぎないかと思うこともある。人に言っても信じてもらえないだろうが、いずれにせよ人には言えないことである。
また、そんな秘密を抱えることが、なんとなく嬉しくなったりする私は、小学生の頃と何も変わっていないのだなと思って笑ってしまう。
毎日「モニター」で夢を監視していても、管理人の仕事が辛いと思ったことは一度もなかった。色んな種類の夢をみんなが見ているので、飽きることなく、毎日新しい発見がある。
「ロビー」で訪問者と話す時間も、刺激的で楽しい。悩みを抱えてやって来た人の力になれるのは、とてもやりがいのあることだった。またいつか、大人になったマサキくんがここを訪れる日が来るかもしれない。それまでにもたくさんのドラマがあると思う。
私は次の人に引き継ぐまで、夢の世界を守り続けよう。
夢工場へ続く青い扉は、どの夢にも必ず存在している。誰も気づかない場所で、ひっそりと息を潜めている。
今日も、その存在に気づいた人が夢工場にやって来る。
私は胸を張って挨拶しよう。
「ようこそ、夢工場ラムレスへ。ここは夢の要素が作られ、送られる場所。私は、夢の管理人です」
【END】
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