諦めたら試合終了です
加藤貞顕(以下、加藤) はじめまして。僕は、山田さんが「週刊スピリッツ」に連載中の美大受験マンガ『アリエネ』(小学館)の大ファンなので、今日はインタビューさせていただけてとても嬉しいです。どうぞよろしくお願いします。
山田玲司(以下、山田) よろしくお願いします。加藤さん、『アリエネ』を読んでくれているんですか。
加藤 はい。僕、もともと美大をテーマにしたマンガが好きなんですよ。美大マンガって、人が自分の才能と向き合う話に必然的になりますよね。『アリエネ』はその中でも「中二的な青さ」っていうんでしょうか、あれがぐっときて大好きなんです。美大受験予備校に通う高校生達が、自分の才能と向き合って葛藤したり、ヒロインに翻弄されたりする様子を、毎週ハラハラしながら読んでいます。
山田 それはありがとうございます。共感するキャラクターはいますか?
加藤 やっぱり主人公の有ですね。僕の通っていた中学校って、新潟の田舎の学校なんですけど、すごく非行に走る人の割合が高かったんですよ。地域性というか、グレてくすぶっていて、自分の将来を悲観している人が多かったですね。主人公の有の学校もそんな雰囲気ですよね。でもそんな中で、美大に行こうと言い出すわけで、有っておもしろい存在ですよね。
山田 加藤さんも学校が嫌いだったんですか?
加藤 嫌いでしたね。いまでも学校に行くと、なんだか気分が暗くなります(笑)。だから、山田さんの書かれた『ハミ出す自分を信じよう』(以下、「ハミジブ」)に、学校が嫌いでもいいんだって書いてあったのには、すごく共感したし、勇気をもらいました。
山田さんは、「ハミジブ」執筆当初から、中学とか高校でくすぶっている子たちを読者として想定されていたんですか?
山田 実は、誰がターゲットかはあまり明確に考えていなかったんですよ。とにかく世の中の人全体に、「お前らだまされてるぞ!」ってことを言わないといけないと思って書きました。
加藤 だまされているというのは、どういうことですか?
山田 そういう学校とかがなじまない人って、周囲から「お前なんかダメだ」って否定されることが多いと思うんです。でも、周りの評価が得られないことと、才能がないことは別。みんなそれが分からないから、そういう意見をうのみにして諦めてしまう。僕は、そういう人たちに諦める必要はないんだってことを伝えたかった。
加藤 ああ、たしかにあのころ、学校が嫌いでいいんだって、誰かに言ってほしかったですよ。山田さんは『絶望に効くクスリ』(小学館)で、たくさんの才能ある著名人の方にインタビューされていますよね。あの本でのインタビューの経験って、そういう動機に影響していますか?
山田 あれは影響ありましたね。あの仕事は、成功している人にたくさん会うわけですが、ほんとにみんな変な人なんですよ(笑)。だから、否定されてきた人も多いし、ひどい目にあってきたっていうのが分かった。だから一刻も早くそれを世間に伝えたくなったんです。
「王子」と「奴隷」
加藤 でもそういう、才能を否定されている中で、自分の意志を貫くというのはすごく大変なことですよね。山田さんご自身もそういう苦労をされてきたんですか?
山田 はい。だから、「ハミジブ」には、自分を今まで迫害してきた人々に対しての恨みや怒りといった、個人的な怨念もこもってますよ(笑)。まあ、僕が迫害を受けるのは、学生時代ではなくて、おもに社会に出てからなんですが。
加藤 ほう。じゃあ、ご家族には大切に育てられたんですか?
山田 初孫だったせいか親族がぜんぶ親ばかで、何やっても天才って言われるような環境でした。王子ですよ、王子。
加藤 おお。それって、まさに……。
山田 そう、『アリエネ』の主人公・有なんですよ。
加藤 やっぱり、『アリエネ』のストーリーにはかなり実体験が入っているんですね。
山田 あれは、実話だらけなんです。たとえば、有がマンガの持ち込みに行って、こてんぱんにされるエピソードもそう。今にしてみれば、あんなに下手なマンガで、そんなことをしたらそんな目にあうのは当たり前なんですが、当時はわからなかったんですね。今にしてみると、わざわざ苦行を受けに出向く、ブッダみたいな行為だったと思います。
加藤 ブッダ(笑)。そういえばマンガ家の東村アキコさんも、幼少時代にみんなに褒められて育って、美大受験のための教室でぼろくそに言われたというエピソードを『かくかくしかじか』(集英社)で書かれていますね。アーティストには、幼少時に肯定的な環境にいた人が多いんでしょうか。
山田 もともと肯定的な環境にいない人は、ちょっと否定されると「ああ、そうなんだ」ってうのみにしてしまって、なかなか自分を信じられないんですよ。だから、クリエイティビティを発揮できる人間に、「王子」タイプはけっこう多いと思いますね。
加藤 たしかにそうかもしれません。そういう人は、いい意味で中二病になれるのかもしれませんね。「王子」以外にも、クリエイティビティを発揮しやすいタイプはあるんですか?
山田 もうひとつは「奴隷」タイプですよ。
加藤 「王子」と正反対の。
山田 そう、正反対です。才能を否定されるとかそういうレベル以前に、物質的にも精神的にもひどく貧しい環境に生まれてしまった人たち。でも、とことん不幸な生い立ちって、それ自体が才能を開花させるためのエンジンになるんです。どん底まで否定されてきた人間は、逆に、ちょっとやそっとの否定じゃへこたれない。
加藤 昔の文豪とか、そういう人が多そうです。
山田 最近だと、柳美里さんがこのタイプ。彼女は自分の不幸をことさらに強調するけど、そういう生い立ちは彼女が創作するうえでの財産になっているわけです。
加藤 となると、才能を伸ばせるかどうかって、良い方向にしろ、悪い方向にしろ、生まれたときの環境で決まる部分があるんですかね。それじゃちょっとさみしいような気がします。
山田 いやいや。そんなことはなくて、見方を変えれば、自分の心持ちをコントロールできるなら、どんな環境でも才能を伸ばしていけるということですよ。「お前はダメだ」って言われて育った人が急に変わるのは難しいかもしれない。だけど、幸せになりたいと思うんだったら、自分を信じるという選択肢を選ぶしかない。「ハミジブ」には、そのためのヒントを沢山入れたつもりです。
はみ出たところは全部「才能」
加藤 「才能」という言葉は人によってかなり定義が違うと思うんですが、山田さんはどういうものだとお考えですか?
山田 うーん、甘いと言われるかもしれないけど、僕は、誰にだってあるものだと思っているんですよ。
加藤 ほう、そうなんですか。『アリエネ』のような美大受験のマンガを読んでいると、才能のあるなしが明確に存在している気もするんですが……。
山田 まあ、世間的には、才能というのは、なにかで周囲に認められたり社会的成功を収めたりできる能力を指すことが多いので、その考え方だと、才能のある人とない人がいるということになるのかもしれません。でも、僕が考える「才能」はそれとは違います。人とちょっと違うところ、くらいの意味です。
加藤 どういうことですか?
山田 たとえば、豆腐屋の笛の音が気になるとか、イカめしに対する異様なこだわりとか、そんなちょっとしたものです。
加藤 イカめし(笑)。たしかに、それなら誰にでもありそうですね。
山田 才能を伸ばすというのは、その人の個性を完成形に持っていくことだと思っています。はみ出している部分を突き詰める。
加藤 人とちょっと違うところって、ひとつに限らないですよね。たぶん、伸ばすべきところとそうでもないところもあるだろうし。その中からどれを突き詰めるかは、どうやって選べばいいんでしょう?
山田 自分が一番好きなことをやればいいと思いますよ。
加藤 ああ。僕もその案に大賛成なんですけど、世間には、「好きなことを仕事にするな」っていう意見を言う人も結構多いんですよね。あれ、どう思いますか?
山田 この間、テレビで言ってましたね。「海外じゃ仕事につけない人がたくさんいて悲惨なのに、日本人は甘い!」とか「仕事を選べると思ってんの、アンタ!」とか。僕はそういう考え方には違和感を思ってますね。
加藤 彼らはたぶん、若い人達のことを考えて、ああ言っているんですよね。好きなことをやれといって、それがうまくできなかったら後々まずいことになるかもしれないわけで。
山田 うーん、どうかなあ。僕はああいうことを言うのは、ひがみみたいな気持ちも入っていると思うんです。みんな、自分は好きなことをやっていないという不満をどこかに持っています。だから、好きなことをやってお金をもらってちやほやされている人を見ると腹が立つし、そうしたいと思っている若者に圧力をかけてしまう。
加藤 うーむ、あんまり楽しくない考え方だなあ。
山田 さかなクンとか南方熊楠とか、好きなことをやらないと死んじゃうような人は、何を言われても自分の道を邁進できる。けど、そうではない人でも、やっぱり好きな仕事をした方が幸せになれますよ。
加藤 なるほど。
山田 だって、好きなことと嫌いなことだったら、前者の方ががんばれるでしょう。そうしたら、好きなことを仕事にする方がうまくいくはずじゃないですか。
加藤 ちょっと難しいと思うのは、マンガが好きだからといって、マンガ家になれるわけではないことですよね。
山田 マンガが好きだからってマンガ家にならなくていいんですよ。編集者とか取次とか書店とか、関連している仕事はいくらでもあります。そういう場合は、好きなことの周りの仕事につけばいいんです。好きってそれくらい広げられるんですよ。
好きなことがなくてもいい
加藤 僕も好きなことがそのまま仕事になった口の人間なのですが、最近ちょっと気になるのが、自分には、そこまで好きなことはないという人がけっこういることです。
山田 えっ、そうなんだ。
加藤 これ、インターンで来ている学生と話をしていたりして気づいたんですよ。とくに好きな事がないという学生がいて、どこに就職したらいいか聞かれた時に、僕は言葉に詰まってしまいました。彼らには、どうアドバイスしたらいいんでしょう?
山田 うーん……。
柿内芳文(「ハミジブ」担当編集者。以下、柿内) ちょっといいですか。
加藤 柿内さん、どうぞどうぞ。
柿内 僕も山田さん同様、「才能」というのは広く「人とちょっと違うところ」だと考えていますが、その中に自分が好きなものがなくても、とりあえず何か目についたものから順に突き詰めていった方がいいと思います。僕は「違和感に向き合う」という言葉を使うことが多いですが。
加藤 なるほど。「違和感」って、柿内さんが編集の話をするときにも大切にしているキーワードですよね。
柿内 違和感を感じるものって、好き嫌いにかかわらず、その人が放っておけないものだと思うんです。そういうものはすべて才能の芽です。その芽に対して徹底的に向き合ってほしいし、それがより良く生きることにつながる。「ハミジブ」を編集するときにも、そんな気持ちをこめました。
加藤 柿内さんは、とにかく何にでも違和感を持つと聞きましたけど、やっぱり中高のときは「はみ出し者」だったんですか?
柿内 いやいや、真逆です。学校では気配を消していたからはみ出しようがありませんでしたよ。高校3年生のときなんか、1年間誰とも話さなかったし。
山田 えっ、どういうこと?
柿内 そのままの意味ですよ。一人でジャーマンプログレばっかり聞いてました。出席日数もぎりぎり卒業できる日数を計算してできる限り学校に行かないようにしたし、センター試験はサボったし、卒業式も出なかった。高校の制服も燃やしました。
山田 いいねえー(笑)。
柿内 全国で十本の指に入る超進学校に通っていたので、その環境でできる精一杯の反抗だったんですよ。後から聞いた話だと、当時の担任は「お前ら、柿内みたいにはなるなよ」と周りを説教していたらしいです。
山田 それ、もはや褒め言葉だよね! 尾崎豊みたいに外に向かうエネルギーではないですけど、十分はみ出してる。
柿内 本当に楽しくない学生時代でしたね。でも、だからこそ、好きなことがないっていう最近の学生に共感するし、「ハミジブ」が彼らの助けになればいいと思っています。
山田 柿内さんが僕が言いたいことを代弁してくれました。つまりは、生産効率を物事の判断基準にしないでほしいってことなんです。産業兵士ばかりの世の中と闘う必要はないけど、距離をとることは大事。今から仕事を選ぶ若い人は、頭の固い人たちに引きずり落とされないようにしてほしいです。
(後編へつづく)