「メシに連れて行ってください」。
彼がそう頼んできたのは今年の2月。360度に明るい少年で、それでいてどこか不思議なオーラにくるまれた生徒だった。僕は高1のとき彼の担任だったが、それ以後は直接の関わりがなかった。
そんな僕を、卒業を控えた頃にわざわざメシに誘うということは、学校では口にしにくい思いが溜まっていたのだと思う。
「俺はサッカーが下手だけど、やっぱし好きで、つまらないと思ったことは一度もなかったです。でも今は、高校3年間でやり尽くした感があって、もうたくさんだって思う……」。
メシを食べながら、さまざまに「つぶやく」その生徒。気持ちの整理がつかず、つぶやくという営みでしか、自分の思いを露出できないとき。肉を焼き、つつき、小皿に振り分けながら、食べるよりは発話のために口を動かすことを優先するそのとき。
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中学の時はサッカー部のキャプテンで、俺なりにチームをまとめられたし、充実してました。でも、高校に入るとどうも……。うまい奴たくさんいて、俺なんか霞んじゃって。くじけはしなかったですけど。
あれは2年の3学期かな。最終下校時刻を過ぎて海老原先生が部室を見回りに来て、「時間過ぎてるぞ! ケジメつけないと、部活停止になるぞ!」とか言ったとき、覚えてます?
3年が引退して、俺らの代になった頃。みんな才能あって個性的なだけに、どうも関係がぎくしゃくしがちで。いかにも青春て感じだけど、あの時は俺、部室で何人かと落ちこんでて。
田中と山下と俺が、実力が劣るってことで1年と同じ練習グループに回されたんです。イラっとしたし、恥ずかしかった。山下は腐っちゃって、部活やめるとか言って泣いてた。
自分勝手で練習も手抜きしがちな奴が使われて、何で俺らが、って思った。でも、カッコつけるわけじゃないけど、ここで腐りきったらおしまいとも思った。だから山下励まして、1年との練習に出続けました。
がむしゃらにやることで、誰かに復讐してる感じになったんです。監督の納得いかない指示や起用法もあったけど、言われたことは全部吸収してやろうって思った。周りからしたら、こびてるように思われたかも。それでもいいと思った。やっぱ試合に出たいし。
3年になって、いろんな思いがごちゃ混ぜになって、もう部活に行きたくないと思ったけど、うまくサボれなかった。でも、ボール蹴ること以外で部員と関わりたくなくて、部活が終わったら、わざと独りでピッチに残ってた。ベンチでぼ——っと。
高3最後の秋は……、もうすぐでレギュラー、取れそうだったんすけどね。ほかの奴らも当然頑張ったんですけど、俺には自信があった。でも結局、最後はレギュラー取られちゃって。ぽかーんとした。悔しいんだけど、それと同時に「もういいや」みたいな思いも生まれてたかなぁ。
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僕は肉をつつきながら、彼のつぶやきが止まったあとの沈黙を引き受けた。ただうなずきながら、肉をひっくり返しては、無為に焦がした。
日本の部活文化において、高校生のこのようなエピソードは「いかにも」だろうし、ありふれている。だが、形のちがう葛藤にもがく一人ひとりの高校生とそれを見守る教師からしたら、「いかにも」なんてどこにもない。
僕は、サッカー部の吉田先生が3年最後の大会で誰をレギュラーに使うか、すさまじく頭を悩ましていたのを知っていた。先生は、この生徒がどれだけ真剣に練習に打ち込み、どれだけ誠実に自分の指示に耳を傾けてきたかをよく知っていた。当然、レギュラーから外すことは断腸の思いだった。
そして、吉田先生をつうじて、僕はこの生徒の高校サッカー人生最後の一幕をも知っていた。
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