柴那典(以下、柴) 今回は今年のグラミー賞を振り返りましょう。
大谷ノブ彦(以下、大谷) 結果はブルーノ・マーズが最優秀楽曲賞、最優秀レコード賞、最優秀アルバム賞の主要3部門を独占でしたね。どうでした? 柴さん。
柴 これは正直、ちょっと予想外でした。
大谷 ノミネートの数でいうと、ジェイ・Zが一番多くて8部門、次がケンドリック・ラマーの7部門でしたからね。
柴 しかも事前の予想ではケンドリック・ラマーが本命視されていた。
大谷 今はヒップホップが完全にポップ・ミュージックの主流になっているわけだから、二人とも獲るかなって思ったんですけど、主要3部門は獲れなかった。
柴 一番かわいそうだったのはジェイ・Zですよ。ケンドリック・ラマーは主要部門は逃しても最優秀ラップアルバム部門とか他の5部門で受賞してるんですけど、ジェイ・Zの結果はゼロ。
大谷 しかも授賞式は15年ぶりにジェイ・Zの地元のニューヨークで開催されたわけですしね。
柴 最優秀レコード賞なんて、プレゼンターのアリシア・キーズが「エンパイア・ステート・オブ・マインド」というニューヨークを歌ったジェイ・Zの代表曲をバックに登場していて。それでブルーノ・マーズに決まって、「ええー!?」って(笑)。
大谷 もちろんブルーノ・マーズはすごいアーティストですけどね。スピーチも素晴らしかったし。
ケシャが示した「#MeToo」や「#TimesUp」の本質
柴 ただ、グラミー賞で注目すべきなのって、結果よりもむしろパフォーマンスなんですよね。授賞式は単なる式典じゃなくて、世界最大の音楽番組でもある。特にここ数年は、アーティストがそこで社会的なメッセージを込めたパフォーマンスをするようになっていて。
大谷 毎回ですよね。以前も触れたように、トランプ大統領が就任して初めてのグラミーだった去年もそうだった。
波乱を呼んだトランプ後のグラミー賞|心のベストテン
柴 グラミー賞の授賞式を見てると、アメリカ社会が今どんな問題を抱えているのか、それをアーティストたちがどう乗り越えようとしているのか、ということが伝わってくるんです。それを踏まえて考えると、今回、受賞はしていないけれど最終的なMVPだったのはケシャだと思ってます。
大谷 たしかに、ケシャの「Praying」のパフォーマンス、たまらなかったなあ!
柴 今、アメリカのエンタテインメント業界ではセクハラや性暴力が大きな問題になってるじゃないですか。それに立ち向かう「#MeToo」や「#TimesUp」の運動が巻き起こっている。で、プロデューサーのドクター・ルークに性的暴行や虐待を受けていたケシャは、まさにその当事者だった。
大谷 しかも彼の元じゃないと音楽活動できない契約だったんですよね。それで裁判も起こしていた。
柴 「Praying」という曲は、彼に受けた仕打ちと、そこから立ち直った自分自身のことを歌った曲で。しかも、歌詞の中で最終的にはドクター・ルークのことを許してるんです。
大谷 そうそう。「あなたは今ちゃんと祈れてるかしら」ってね。
柴 で、グラミーでは、カミラ・カベロやシンディ・ローパーらが女性が白い服を着てこの「Praying]を歌って、ジャネル・モネイが最高のスピーチをした。
@KeshaRose|13:41 - 2018年1月29日|Twitter
大谷 彼女は『ドリーム』でも素晴らしい演技を見せてくれました。
柴 「私たちは文化を変える力がある。差別やハラスメントの時代はもう終わったんです」って言うんですよ。つまり「Me too」や「Time's Up」というのは、単なるセクハラの告発じゃない、と。
大谷 社会全体の構造の話なんですよね。
柴 女性と男性は対立しあう敵同士なんじゃなく、協力して古い因習を乗り越えていこうという話なんですよね。そういうことを示したのがジャネール・モネイとケシャだった。