清潔「感」のある女性と、「清潔」な女性は違う
清潔感がある女性。それは日本古来のモテ要素だが、男性は自らの安全パイぶりを売り込むために、定型文的に使用している気がするのだ。つまり、本心は「美人に限る」「実は尻フェチ」なのだが、それを言うと反感をくらうため、「自分はまっとうな男ですよ」というアピールのために「清潔感がある女性が好き」と言っているに過ぎないのではないか。
ちなみに男性は、清潔感がある女性に惹かれても、清潔な女性には惹かれないだろう(ここでいう清潔とは、「衛生的」というよりは「人格や生活態度などが正しくきれいである」という意味合いです)。だって、総じて男性は下ネタや妄想が大好き。地位や名誉もある男性が、現実というタガが外れた時にいきなりあられもない言葉を連呼したり、「ばぶー」と駄々をこねたりするのはめずらしくない。
完膚なきまで清潔な女性は、「ばぶー」なんて言おうものなら「大の大人が何を言っているんですか」と、ネクタイで男性の口を塞いでしまいそうだ(それもプレイとしてはアリかもしれませんが)。一方、清潔感のある女性は男性が「ばぶー」と唇を突き出したら、恥じらいつつもさっと自分の乳房を男性に与えてくれそう。この、恥じらい=清潔感なわけです。つまり性的な魅力って清潔にはないという話。
私は以前、とんでもない汚部屋に住むA子(仮名)と知り合った。きっかけはウサギである。話が飛んで申し訳ないが、今から約20年前、当時片思いしていた相手がウサギ好きだったのだ。私はついうっかり「ネザーランドドワーフのライラックを飼っている」というエセ可憐さで迫ってしまった。ウサギと戯れた経験など、小学生の飼育係以降皆無である。
様々な事情でウサギが飼えなかった私は、エアーで飼うことにしたのだ。SNSで「ウサギを触らせてくれたり、写真を撮らせてくれるやさしい飼い主」を募ったら、これがけっこういて、前述のA子さんもそのひとりだった。
季節は夏。A子さんは20代で、私と同世代だった。アパートでひとり暮らしをしているというので、私はカメラを携えて訪ねた。
A子さんの部屋は汚部屋だった
現れたのは、髪を無造作に束ねタンクトップを着たA子さん。正直、顔は覚えていない。覚えていないということは、美人でもブスでもなく、ほどよい加減だったのだろう。そしてA子さんの背後はゴミだった。一帯のゴミ。
「適当に避けてあがってください」
微笑みを浮かべ、A子さんは私を招き入れた。床には(床だか畳だか絨毯だか定かではないが)、くるぶしの位置までゴミが積まれ、避ける余地が見当たらない。しかも瓶とか缶とか本とか箱とかリモコンとか、大事そうな物が絶妙に混ざっているので、もしかしたら配置? と希望を持たせてみたりした。それにまさか人様の所有物を蹴るわけにもいかない。
で、肝心のウサギはどこへ? ゴミ山脈の頂上(おそらくベッドの上)にいました。斜めになったケージの中に、ちんまりと。
「冷たいもの、どうぞ」
A子さんがゴミを整え、マンホール大のスペースをふたつつくった。足を伸ばすことが許されない地と、ゴミの丘にたたずむグラス。まるで小さなピサの斜塔だ。
「このウサギ、彼氏が買ってくれたんです」
ウサギを愛おしそうに撫でるA子さんに、私は失礼ながら、
「彼氏さんも、この部屋には来るんですか」
と聞いてしまった。興味はもうウサギよりも「汚部屋とワイシャツとA子」である。
「ええ。よく来ますよ」
とA子さんがニッコリ。うーむ、この部屋でどうやってセックスするのかな、とか、ウサギを触らせてもらいながら考えた。ていうか、ウサギを抱く可憐な私をテーマとした写真は撮れそうもない。どんなアングルでもゴミが写ってしまう。
グラスを傾けながら(一度手に取ってしまうと、雪崩が起きそうなゴミの丘には戻せなかった)、たわいない話をするうち、私にはこの汚部屋が神聖な空間に思えてきた。もはや地平線の概念も吹き飛び、「彼氏が」「ウサギが」と、初対面の私に惜しげもなく語り、角々しいゴミに囲まれつつひたすら柔和なA子さんに魅了されていたのだ。
A子さんには清潔感があった
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