ブスの瞳に恋するな

世の女性たちがなんとなく共有する、誰もが知るおじさん著名人たちへのファジーな嫌悪感の正体に迫る新連載「ニッポンのおじさん」。
第2回は、デビュー作『ボクたちはみんな大人になれなかった』が大ヒットした燃え殻さん。世のサブカルおじさんはもちろん、糸井重里さんや樋口毅宏さんらが絶賛し話題に。
あえて特筆された「間違いなくブス」な女性との恋愛に支えられている男性心理が暴かれます!

彼氏の元カノ、美人とブスどっちがいい?

 女には二種類いて、恋人の元カノが美人だと凹む、というタイプと、ブスだと凹む、というタイプである。

 美人な元カノに怯むのは、そもそも自分のオトコに自分より先に手垢をつけたという時点で若干負けている気がするのに、さらに容姿スペックまで負けていると、劣等感がハンパない、という心理。さらに、綺麗な人である、ということはなんとなく自分の彼よりも元カノの方が選ぶ権利を持っていた、というような気がしてしまい、すなわち前のオンナが未練なく捨てたオトコを自分が拾った、と感じてプライドが傷つく。その元カノが捨てなければ、彼が自分を愛することがなかったような気がする。

 対して、ブスな元カノが嫌だという心理は、こんなブスのおさがりかよ、というものである。そして、自分を選んだ彼の気持ちをかつて独占していたオンナが低スペックであるという事実は、イコール自分もその低スペ分類に入る、と言われているような気がしてやはりプライドが傷つく。程度が低い、あるいは趣味の悪いオトコに選ばれた、程度が低いブスだと言われているような気がする。

 どちらにしてもくだらない根性だが、人間というのはそもそもくだらないプライドに振り回されて喜劇を演じるものなのだからしょうがない。で、どちらも理解できる可愛らしい心理なのだが、実害という点においては、ブスな元カノの方が100倍も厄介である。

「ブス」のその後を気にかける男

 まず、美女とブスだともちろん、出会いの確率も新しい男がわんさか寄ってくる確率も違う。どんなに素晴らしい運命の人と未練を持って別れても、人は日々多くの人に出会って多くの人に誘われていると気がまぎれるし、両手に抱えられるオトコの量には限りがあるので、かつて捨てたオトコをいつまでも所有しようとしたり、もう一回ゴミ箱から拾ってきたりするような貧乏くさい真似はしない。自分を優先してくれるオトコが周囲に多くいれば、黙っていてもそのうち元カレなどは「頼れる男が欲しい時にうっかり電話してしまう男リスト」から押し出されて消えていく。

 世の中にいい男って結構いるので、一度愛想が尽きたオトコにしがみついているような女は、「やっぱりあなたしかいない」と愛を貫いているわけではなく、単純に殿方と縁がないのだ。女性の皆さんは自分の歴代彼氏の元カノをよく思い出してみると、目に見えるところをうろちょろしている鬱陶しい元カノで一般的に綺麗な人はおらず、決まってブスかややブスだということに気づくはずだ。

 さらに女にとって煩わしいのは、男の「あの子はやっぱり俺がいないとダメなんだ」率が、ブスに対しての方が100倍高いことである。死ぬほど美人に捨てられたところで、男は「どうせあの子は俺がいなくても結構幸せになる」と思ってそこそこのところで捕捉行動を止めるのに対し、ブスのその後を気にかけている男は多い。そして、それはなんとなく「いつか戻るかもしれない」という油断を許し、ひいては目の前にいる現彼女に対するテンションをやや下げ続ける。これは、男の「どうせ俺にはあの程度のブスがお似合い」という自虐と、「俺のことを最も必要としてくれる(≒他に頼る男がいない)オンナと一緒にいたい」という承認欲求が混ざった、とても情けない気性によるものだ。

燃え殻小説を支える都合のよい幻想

 さて、2017年のダメ男文学を振り返ると、有名ツイッタラーがブスな元カノについて綴った小説が多くのオトコの心を打ち、多くのオンナの神経を逆なでしたのが記憶に新しい。ちゃらんぽらんでバブリーな業界にいながら、そんな泡のようなくだらなさにどこか居心地の悪さを感じており、居心地の悪さを感じているナイーブな自分を愛してやまない、40過ぎのサブカルおじさんが、自分が初めて「自分より好きになった」ブスで、初体験の相手であるブスで、自分に「君は大丈夫だよ、面白いから」と生きる意味を与えてくれたブスで、ある時突然自分のもとを去っていったブスを、回想するお話である。

 さて果たして、このおじさんは「誰がいなくなっても世界は大丈夫だ」、なんていうおそらくこれまでに新旧5兆人くらいのサラリーマンが呟いていることを、絶望であり希望である、と改めて前置きし、「唯一ひとり、代わりがきかなかった人が彼女」であるとそのブスを定義づける。もちろん人間の代わりはいくらでもいる、という考え方に立てばそのブスの代わりもいくらでもいるし、逆に世界で一つだけの花的な考え方に立てばどんな仏頂面のサラリーマンでもオンリーワンであるわけだから、彼女だけがオンリーワンというのは都合の良い幻想である。

 私たちの多くがこのダブルバインドな幻想によって惚れた腫れたとやっているのは事実だが、むげん堂のブス店員に固執するこのおじさんの幻想は三重の意味で彼女がブスであることに支えられている。第一に、この物語がフェイスブックで彼女に友達申請をするところから紡がれ、旧姓でなくなった彼女に「ありがとう。さよなら」で終わっていることでもわかるように、長年の呪縛は、どこかで彼女にとっても自分がオンリーワンであったようなそこはかとない気持ちが根底にあったことになる。それは当然、ブスな彼女の魅力をしっかり把握できているのが自分だけだからだ。

 第二に、美人を愛するのがフツウであるとしたら、ブスを愛した自分の愛をその対極に置いて、その辺に転がっているフツウじゃないものと信じ、フツウじゃないボクらは誰かの理解の範疇にないし誰かの愛とは代替不可能であるとするある種の選民意識がある。確かにこの小説を読んで、なんで彼女のことが好きなのか、読者にはピンとこないのだが、説明できる=他のものが打ち勝てるような魅力ではないところに愛の所在をうったえることで、私たちが彼女に勝てる気がしないのも確かだ。しかし、よくよく読むとこのおじさんはいろいろな選択肢の中でブスをチョイスしたわけでも、美人を食い飽きてブスにいったわけでもなく、ノーチョイスの状況でブスと付き合っているので、それで特別とか言われても困る。

 第三に、どうしようもないボクは、そもそも美人と対峙できる勇気などなく、しかしブスのことなら愛しても引きずってもいいだろうという、ブスをナメくさった差別意識まで入り混じる。彼女について語るときに、私たちにとっては結構どうでもいいブスとかいう情報をいちいち織り混ぜるのは、簡単にいうと、これが相手が美人だったら、遊ばれて捨てられた一男の話で終わってしまうからだろう。

おじさんたちはみんな大人になれなかった

 ブスの登場シーンはこうだ。「すごいブスを覚悟していたので、ふつうのブスだった彼女にボクは少し安堵した」。普通のブスってなんだ? ブスな時点で普通じゃないよ、異常だよ。何が異常って、惚れた女を回想するのにブスなんて形容するアンタが一番異常だよ。

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この連載について

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ニッポンのおじさん

鈴木涼美

どこか物悲しく、憎めないおじさん。男にリスペクトされる好感度高い系おじさん。こじらせおじさん。新しい価値観で社会を斬るおじさん。そして日本社会を動かすおじさん。彼らはなぜ〈おじさん〉になってしまったのか。彼らの何が〈おじさん〉たる所以...もっと読む

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コメント

chizthiz https://t.co/xAOBfkWz6w 1年以上前 replyretweetfavorite

hbkwi https://t.co/whE9XuP5bL 1年以上前 replyretweetfavorite

tabbata 燃え殻さん小説を全力でディスるw>「むげん堂のブス店員に固執するこのおじさんの幻想は三重の意味で彼女がブスであることに支えられている。」〜 1年以上前 replyretweetfavorite

chillou_t ノーチョイスの状況でブスと付き合っているので、それで特別とか言われても困る https://t.co/TltOAlqL8L 2年弱前 replyretweetfavorite