「リコメンダーの時代」は訪れていた
柴那典(以下、柴) 今回はアジアの音楽シーンの動きから日本が取り残されていて、しかもほとんどの人がそれに気づいてないという話をしようと思います。
大谷ノブ彦(以下、大谷) なにそれ! 聞きたい聞きたい。
柴 というのも、まず、日常的にSpotifyを使って音楽を聴いてると見えてくることがたくさんあって。
大谷 はいはい。僕も今年からストリーミングに移行しましたけど、音楽の聴き方が完全に変わりました。
柴 変わりますよね。
大谷 僕、別府で大学の講師をやってるんですよ。そのときに生徒のみんなに聞いたら、Spotifyで音楽を聴いてる子たちはまだ全体の5分の1くらいでしたね。
柴 地域差はありそうですけど、ちょっとずつ確実に増えてる感じですね。
で、こないだAmPmという覆面ユニットにインタビューしたんですけれど、彼らがめちゃくちゃおもしろいんですよ。雑誌とかラジオみたいな音楽メディアが全然取り上げないうちにSpotify経由でリスナーが増えて、日本ではまったく無名のまま海外進出を果たしてしまった。
大谷 記事、読みましたよ。たしかアジアで人気で、インドネシアで1万人の前でライブやったんでしょ?
柴 そうそう。しかもそれが彼らにとって初ライブだっていうね。
大谷 すごいことになってますよね。
柴 彼らって、発想がミュージシャンじゃないんですよ。GitHubというサービスを使ってSpotifyのアルゴリズムを解析したり、APIという外部プログラムを解析して、どうすれば曲がヒットするかを検証してる。考えてることはプログラマーとかデジタルマーケターに近い。
大谷 おもしろいですよね。それこそさっき言った大学生でもSpotifyで音楽聴いてる子たちはみんな洋楽好きだしAmPmのこと知ってましたからね。でもそうじゃない子はそれが何のことかまったくわからない。
柴 断絶しますよね。でも、あの記事で本当に大事なポイントは、AmPm自身のことじゃなくて。彼らがブレイクしたきっかけの話なんです。
大谷 え? 何でしたっけ?
柴 彼らって、海外の有名なYouTubeチャンネルで曲が紹介されたことで人気に火がついたんですよ。たとえば「Majestic Casual」というドイツ発のチャンネルがあるんです。
大谷 へー。ちょっと待って、チャンネル登録者が360万人を越えてるよ!
柴 そうです。「Majestic Casual」では、聴き心地いいエレクトロニック・ポップを紹介してる。最初は音楽ファンが自分の好きな曲を紹介してるようなサービスだったんだけれど、選曲がいいもんだから、登録者の規模がすごい。もう音楽のマスメディアと言っていい。
大谷 ロゴと写真だけで動画を作ってBGMみたいに曲を紹介してるんだ。これは使い勝手いいなあ。
柴 そうなんです。で、話を戻すとAmPmは、自分たちのターゲットをまずはYouTubeチャンネルに絞った。自分の曲を取り上げてもらおうとプッシュしたそうなんです。
大谷 なるほどなあ。そんな戦略があるんだ!
柴 Majestic Casualぐらいの登録者数になると、メディアとしての影響力が出てきて、広告費も受け取ってビジネスとして運営できている。
大谷 それって、いわゆるキュレーションサイトみたいなものなんですか?
柴 そうなんです。というか、リコメンダーですよね。我々、2年前のApple MusicとかLINE MUSICが始まった時にすでにそういう話をしてた ※ んですよ。
※ Apple Music、LINE MUSIC…“リコメンダーの世界”はもう始まっている
大谷 あー、ほんとだ! この話持ってきたの僕やで、柴さん!
柴 そう!「これからはリコメンダーの時代が来る」って言ってた!
大谷 だけど僕、もうそのこと覚えてませんがな。
柴 あははは。あの時に言ってた「海外ではリコメンダーという職業が生まれている」って、まさにMajestic Casualのことなんですよ。
大谷 なるほど、たしかに言ってたなあ。ドイツではそんなことが起きてるんだ。
柴 いや、世界中にこういうメディアがあるんです。
大谷 おお。アメリカでもラジオDJの権威が復権したって言いますもんね。
柴 そう。で、ポイントはこれがYouTubeチャンネルだってことなんですよ。日本だとラジオやテレビの力がまだまだ強いし、音楽雑誌とかウェブメディアが音楽シーンの趨勢を握ってる。
でも、海外ではYouTubeチャンネルに数百万人のフォロワーがいてメディアとしての力を持ってるってことなんです。
大谷 すげえなあ。これがなんで日本で生まれてないかって、やっぱり権利の問題じゃないですか。
柴 そうなんです。YouTubeにはコンテンツIDって仕組みがあって、楽曲を使った動画の広告収益をアーティスト側に還元することができるんです。だからMajestic Casualみたいなサービスも全然違法じゃない。
だけど権利者が許諾しないと始まらない。もう今は「恋ダンス」を削除するような時代じゃないぞ、って思うんですけどね。
大谷 本当にそうだよね。事務所が許可を出さなかったり、レコード会社によってはストリーミングにも曲を出さない。未来のこと考えたら制限してる場合じゃないですよ。
88risingから生まれるアジア発のスター
柴 それで、実は日本がアジアから取り残されてるっていう話なんですけど。大谷さん、88risingって知ってます?
大谷 えー、知らない。なんですか?
柴 これも100万人以上登録者がいるYouTubeチャンネルなんですけど、これ、韓国のラッパーのKeith Apeの所属事務所がやってるメディアプラットフォームなんですよ。
大谷 ほー! あのKOHHを世界的に有名にした「It G Ma」の!
柴 そうそう。しかも、その88risingから、こんどはRich Chiggaっていうインドネシアの10代のラッパーが出てきて、アメリカとか世界中でブレイクしてる。こないだ出た「Glow Like Dat」なんて、再生回数が3000万回を超えていて。この曲がまた格好いいんです。
大谷 うわー、格好いいなあ。サウンドも世界レベルだ。
柴 あと、88risingからは中国のラップグループも出てきてる。それがこのHigher Brothersという4人組。
大谷 へー。中国でラップとか、なんか怒られそう。
柴 いやあ、これがかなりきわどくて攻めているんですよ。「WeChat」という曲は、「中国にはFacebookもSkypeもTwitterもない、だから俺たちはみんなWeChatを使ってるんだ」ってラップしてる。
大谷 ちゃんと攻めてる! しかもそこにKeith Apeが参加してるんだ。
柴 そう。韓国、中国、インドネシアというアジア各国から新しい世代のスターがどんどん出てきて、世界的にブレイクしている。88risingがそれを仕掛けて、アジア全体の音楽シーンが繋がり始めてるんだけど、まだ日本では全然知られてない。
大谷 うわあ、ヤバいでしょ、これ。
柴 気付いてない人が多いのはヤバいと思います。
大谷 ちょっと柴さん、日本にも誰かいないの?
Spotifyグローバルバイラルチャート1位の男とは
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