入院する病院が決まるまでは、深刻なことを考えるのはやめようと彼は思う。
思い悩んでもしょうがないし、ともかく治療を始めないと何も始まらない。母親にも深刻なことを伝えるのはやめよう。
昨日からそうだが、頭の回り方がいつもと違っていた。
頭の芯がぼんやりして、その周辺だけで物事を考えている。
状況がただごとではない、と理解はしているが、どこか現実とは乖離した部分で、凄いなこれは、と思っている。
あと二ヶ月の命なんて、なかなか言われることではない。完治したら、飲み会とかでネタにできるかもしれない。
なあ土岸、と、流れる車窓の風景を見つめながら、彼は思った。おれの命は、あと二ヶ月だってよ……。
がたたたたた、と、電車が多摩川の鉄橋を渡った。河川敷から遠く、富士山が見える。
きれいだな、と彼は思った。
そう言えば、と、彼はもの凄く久しぶりに、父親のことを考える。
父親は今、何をしているんだろう。
自分は父親よりも先に死ぬのかもしれないが、だとしたら父親は葬式には来るのだろうか……。
頭の奥に浮かんだ考えのことを、どうでもいいと振り払う。
そんなことを考えても仕方がないし、ともかく治療を始めるまで余計なことを考えるのはやめよう。
おれは余命二ヶ月の男、と思いながら、彼は電車を降りた。
二ヶ月ということは六十日だ。
いや違う、来月は二月だから二十八日しかないから、などと考え、いやいやいや、と頭のなかで首を振った。当たり前だが、余命に暦は関係ない。
あと六十日だとすれば、明日になればあと五十九日だった。明後日にはあと五十八日になるだろう。
二ヶ月ってのは一体、どれくらいの長さなのだろう。
小学生のとき、ドラクエⅣを解くのに、二ヶ月くらいかかった。長いようで短い冒険だった。
大学に入って、高山さんと付きあったのは三ヶ月くらいだ。
いろいろなことがあった気がするけど、あっという間に別れてしまった気もする。
高山さんの顔は、今はもう、あまり思いだせない。
二ヶ月は夏休みよりは長いが、三学期よりは短い。二ヶ月ってのは……、
凄く短いな、と思う。