「ライターを借りますよ」
突然、隣の席の中年男が言った。2009年3月、成田空港のカフェでの話だ。
思わず頷くと、彼はテーブルの上に置かれていた筆者のライターを無造作に取り上げた。
紙巻き煙草の葉がバチバチと火花を散らし、独特の甘ったるい香りが漂う。白地に赤い蓋をかぶせた箱に見覚えがあった。インドネシアの国民的煙草、ガラム・ヌサンタラだ。
あっけにとられている筆者に、男が言う。
「すいませんね。これ、国に帰る前に吸わなきゃダメです。捨てるの、勿体ない」
流暢だが、発音・文法ともにやや不自然な日本語だった。先刻の行動から見ても、この人はおそらく日本人ではないのだろう。
3月なのにラフなポロシャツ姿で、東南アジア産の煙草を「国に帰る前に」吸い切らなくてはならない東洋人。そんな彼の母国がどこか、なんとなく見当がついた。
税関で煙草が一本単位から課税対象となり、未課税品を国内で吸うだけで、日本円換算で3万円以上の罰金を徴収される国——。赤道直下の都市国家・シンガポールである。
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