このエッセイ本を出版すると決まった時、真っ先に、娘のお友達のママたちに知らせた。なぜなら、みんなが妻で、夫がいるからだ。
その後のランチの時に、ひとりのママが、人数分のペンとメモ用紙と紙袋を持ってきてくれた。それぞれが無記名で「他人に聞きたい夫婦のこと」を書いて、紙袋に入れてシャッフル。誰の質問かわからないようにして一問ずつ全員が答えていく、というゲームを、私の執筆に役立つようにと考えてくれたのだ。この時の質問がバラエティーに富んでいて面白かったので、その後の取材にも使わせてもらった。
まずは、オーソドックスな質問。「夫の、どんなところが不満ですか?」
この質問の答えで、一番多かったのは、「給料がいくらかわからない。収入を教えてくれない」ということだった。そういう夫婦はすごく多かった。逆に、知ってるという人は社内結婚の夫婦が多かった。それはさぞかし、不満なことだろう。
どんなことにいくら使っているのかもわからないし、将来に向けてどんな風に考えているのかもわからないし、共通の目標も立てにくくなる。それよりもなによりも、「言わない」という行為そのものにモヤモヤするし、やましいことでもあるのかと思ってしまう。
そんな時、本当か嘘かはわからないけど、「関西では、合コンの時点で、年収がいくらかを聞く」と聞いて、そっちのほうがよっぽどわかりやすくていいと思った。社内結婚した人で、結婚前から夫の給料を知っていたので、だいたい貯金もこれくらいだろうと予想していたら、予想外に全くのゼロだったので泣いたという人もいた。
他の答えでは、「遠慮を本気にするところ」というのがあった。結婚してすぐの誕生日に、「なにが欲しい?」と聞かれて、欲しいものはたくさんあるけれど、遠慮して、「特にない」と答えたら、本気にされてしまい、本当になにも買ってもらえなかったというものだ。
女性からすれば、本気じゃない「特にない」は、察して欲しいし、もう2回くらい聞いて欲しい。特に新婚時代は図々しいと思われたくないし、口に出すことに気が引ける妻もたくさんいるのだ。その妻は、「『特にない』じゃなくて、『悪くて言えない』と言えばよかった」と後悔していた。
「夫がなんでも『半分こしよう』と言ってくることが不満だ」というのもあった。その夫は、妻がなにを食べていても「半分ちょうだい」と言ってきて、自分が食べている物も「半分食べなよ」と差し出してくるらしい。いちいち「あげたくない」「いらない」と言うのも嫌で、そのうち、その一言を聞くと、イラっとするようになってしまった。
その妻が、産休中のある日、会社に挨拶に行ったところ、同僚たちがお土産として高級チョコレートを用意してくれていた。自分では買うことのない、滅多にお目にかかれないチョコレートだ。「これは私がもらったものだ。一日一個ずつ、大事に食べよう」と、「半分こしよう」と言ってくる夫に見つからないように棚に隠していた。
翌日、今日の分を食べようと、ノンカフェインのルイボスティーを淹(い)れ、立派な箱を取り出し、ワクワクしながら蓋を開けた。と、そこにあったチョコレートが全て、まるでネズミに齧(かじ)られたような歯型がついており、半分になっていた。半分こ好きの夫に、食べられていたのだ。そんな彼女に心から同情した。
だけど、別の妻の話を聞いて、考えは変わった。「夫の不満なところは、食べ物を全部、自分ひとりで食べてしまうところです」
その夫は、美味(おい)しそうな頂き物も、妻が作った作り置きの料理も、子供のために作った明日の弁当のおかずも、とにかく全て、自分が食べたいだけ食べてしまう。そこには食い意地しかない。
けれど、チョコレートを半分齧った夫には、思いやりがある。不満は不満だけど、可愛げがある。現に、別の時にそのチョコレートの妻は、ポロっと「うちの夫は優しいので……」と言っていた。半分こしたいだけで、本当に優しい夫なのだと思う。