寒気を伴った不快感で脂汗がだらだらと流れてとまらない。
吐き気がする。頭痛がする。精神に腐った肉のようなものがつめこまれている。体はぴくりとも動かない。
嗚呼、内臓の全てを口から吐き出して、すっきりとしたい。意識が、意識が、眠いわけでもないのに、はっきりと目を覚ましているのに、ゆらゆらとして、目を開けていられない。
こんな不快感を、かつて味わったことがない。焼酎を一升あけて倒れた時でもまだマシだった。間違いない、やっぱり精神科で処方された新しい薬のせいだ。昨日も同じ目にあって、もしやとネットで調べたところ、副作用のきわめて軽い薬だと書いてあった。だから、他の何かが原因なのかなと、自分の勘違いだったのかなと、情報を信じて再度服用してみたらこのありさまだ。腕を上げることすら出来やしない。朝からひたすらに寝転がっている。半死半生の芋虫のようだ。
水、水を取ってきてくれ、と、口に出して言ってみたけれど返事がない。真赤のやつはどこへ行ったのだろう?こんな僕を部屋において、どこへ行きやがった。耳を澄ますと、どこかから、彼女の笑い声が聞こえる。リビングで誰かと話しているのか。
水は我慢して、そのまま横たわって嵐が過ぎるのを待っていた。一体いつ収まってくれるのか? もう何時間もこうしている。睡眠の世界に逃げこみたかったのだけれど、苦痛がひどくてそれも出来ない。自分の内側の苦しみから目をそらすために、何か他のことを考えようとしたが、うまく思考が逸れてくれない。まったく、地獄とはこのことだ。人間の肉体とは、これほどの苦痛を感じることが出来るのだと、感心してしまう。今まで何の薬をどんな飲み方をしても、ほとんど副作用らしい副作用もなかったのに、なぜ副作用が少ないと評判の薬でこんなに苦しむことになってしまったのか。薬効には個人差があるといっても、肉体の構造は似たようなものじゃないか。
ただただ耐えるしかない。時間が過ぎて、体が薬を分解してくれればこの苦しみは必ず去ってくれる。それまでは石や水になったようなつもりで、まさしく明鏡止水の気持で過ごそう。昔剣道やら空手やらを習っていた時に、先生に言われた言葉を思い出そう。
そうしてじっとしていたら、今度は便意がやって来て、僕をマットレスの上から追い立てようとする。さすがに明鏡止水の精神であっても糞便を寝床に垂れ流すわけにはいかなかったので、死力を尽くして立ち上がる。リビングで真赤とタミさんと、僕の知らん、いつの間にか訪れていた客が楽しげに談笑しているのを横目に、断絶という言葉を心中で復唱しつつふらふらとよろめく足取りでトイレに入る。
そしてなんとか用を足し、ふと見ると正面の戸が開いている。そこはかつて僕と真赤が住み、今はオシノさんが住んでいる棺桶だ。彼女は女性らしく、壁に飾りなどを貼り付けて部屋を洒落た感じにしているが、その狭さが変わるわけではない。布団を敷いたらもう足の踏み場もなくなってしまう住みづらい部屋だ。
そして彼女は今、その敷き布団の上に大の字になって眠っている。パジャマがめくれて腹が露わになっている。僕はどこで寝るにも体を丸めてしまう癖があるから、あんな風に豪快に手足を広げて眠れない。真冬なのに、あれほど大胆に腹を出すことも出来はしない。
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