松尾スズキ
彼女の両親に挨拶に行った。[第三回]
「大人計画」を主宰し、作家、俳優として活躍する松尾スズキさん。2014年に「普通自動車免許を持った一般の女性」と再婚した松尾氏がその結婚生活を綴ったエッセイ「東京の夫婦」の連載がスタート。第三回は男性のライフイベントの中でも難度高めのミッション、「彼女の両親に挨拶に行く」です。イラストは近藤ようこさん。
妻は茨城の出身で、僕と同棲する31歳まで実家暮らしだった。生粋の箱入り娘である。茨城で31年生きて来た女と九州で25年生きて来た50歳の男が、アッという間に出会えてしまえる町、それが東京というものだ。
それはともかく、東京で同棲するにあたり、両親の許可をえなければならないと僕は考えた。インターネットを調べれば、僕がどんな人間かはたいがいわかろうものだが、やはり、実際会って喋らなければ、不安になる材料もネットにはゴロゴロ転がっている。僕が昔、某女優と不倫していたとか、訴えてやろうかと思うほどのデマもある。
前の結婚のときも同棲の際には挨拶に行った。
同棲、と聞いて両親が怒っている、と、聞いたからだ。
怒るのか。そういうものなのか。嫁入り前の娘が男と住む。確かにそれをゆゆしき事態ととらえる親もいるだろう。しかし、僕は一度生活を伴にしてみないと、籍を入れるという一大事にはどうしても立ち向かえない。東京に出てすぐに同棲した女が、徐々に酒乱の気を出して毎日が大混乱だったこともトラウマになっている。あの頃、喧嘩したあげく包丁やアイスピックの奪い合いになったことが何度あったことか。本当に結婚するはめにならなくてよかったあの人とは。やはり住んでみないとわからないこともある。
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この連載について
松尾スズキ
東京で家族を失った男に、東京でまた家族ができた。夫は、作家で演出家で俳優の51歳。妻は、31歳の箱入り娘。 ときどきシビアで、ときどきファンタジーで。 2014年に「普通自動車免許を持った一般の女性」と再婚した松尾スズキさんがその結婚...もっと読む
著者プロフィール
1962年福岡県生まれ。作家、演出家、俳優、脚本家、映画監督。88年に「大人計画」を旗揚げし、97年『ファンキー! 宇宙は見える所までしかない』 で第41回岸田國士戯曲賞、2001年ミュージカル『キレイ’—神様と待ち合わせ下女』で第38回ゴールデンアロー賞、06年『クワイエットルームにようこそ』が第134回芥川賞候補作となり、’08年には、映画『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』で第31回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞、’10年『老人賭博』で第142回芥川賞候補。
今年の8月10日から10月7日まで、東京、名古屋、大阪、福岡、松本、パリで大人計画の最新公演「業音」を作、演出、出演。 メルマガ「松尾スズキの、のっぴきならない日常」http://www.mag2.com/m/0001333630.html