おわりに
ゆるゆると、めんどうごとをとりのぞいて最後に残る自分の好きなことに心を傾け、意識を集中する。わたしは台所仕事は下準備から調理、テーブルセッティング、後片付けまですべて大好きなので、台所にいるときには「いまこの瞬間に全意識を傾ける」状態を楽しんでいます。
食事を終えて、食器を洗い、乾いたふきんできゅっきゅっと拭く。コーヒー豆を挽いてフレンチプレスでコーヒーを淹れ、ポットやミルも洗って乾かし、最後にシンクもコンロも綺麗に磨いて、すべてを片付けてふきんを広げる。
そしてコーヒーをゆっくり飲んで、机の前に座り、仕事をはじめます。その瞬間、わたしは「さあいままさに、自分の世界がスタートするぞ」と高揚しています。
未来の豊かな暮らしを夢見るのではなく、暮らしをないがしろにするのでもない。ただ、いまここに生きていること。そしてこの生が積み重ねてきたことを大切にしていくこと。
わたしたちの中に蓄積されてきた懐かしい暮らしは、わたしたちの生きている人生や過去の思い出、愛情や哀しみと密接に結びついています。ティーンエイジャーのころに親しんでいた音楽を懐かしく聴くように、質素でも古くさくてもいいから、ちょっとしたささやかな暮らしの思い出が、わたしたちの生きていく糧になっています。
たとえば懐かしい喫茶店のナポリタンスパゲティ。
この料理をわたしはよく思い出します。それは、思春期の甘い記憶とダイレクトにつながっている。