左:近藤正高さん、右:米光一成さん
故人の生涯を描き出す「一故人」
—— 今回は、これだけ情報が氾濫している世の中で、どのように正確な情報を手に入れればよいのか、cakesで連載中の「一故人」が書籍化されたばかりの近藤正高さんと、ゲーム作家でライターの米光一成さんにお話を伺いたいと思っています。近藤さんと米光さんは、そもそもどういったご関係なんですか?
近藤正高(以下、近藤) たしか、二人ともエキレビ!にライターとして参加していて、そこで出会ったのが最初ですよね。
米光一成(以下、米光) だいたい7年くらいの付き合いになるのかな?
—— その長い付き合いのなかで、お互いのライターとしての印象は?
近藤 米光さんは、キャッチーなネタに即座に反応して、鋭いことを書かれる印象ですね。本人は飄々とした雰囲気なのに、書くものを読んでいると「この人は怖いな」、「こう言う鋭い見方をするんだ」と。
米光 怖いですかね?(笑) 僕から見た近藤さんは、めちゃくちゃ調べて書くタイプ。しかも、それでいて書くスピードがすごく速い。
近藤 そうですか?
米光 うん。それから「一故人」に関して言えば、その人について調べた中から何をピックアップして、どういう切り口で描くのか、そのうまさにいつも驚愕しますね。近藤さんの文章を読むと、その人の全貌を知った感覚にとらわれるんだよね。
—— 『一故人』は、2012年〜2016年の間に亡くなられた方の人生をまとめたものですよね。
米光 浜田幸一、中村勘三郎、大島渚、やなせたかし……。死んだ人なら誰でもっていう、この幅広さがいいよね(笑)。これはcakesの連載から何人かピックアップした感じなの?
近藤 そうですね。あとは書き下ろしとして、南部陽一郎と中村紘子も加えました。
—— ちなみに本にするにあたって、選び方の基準は?
近藤 あまりジャンルが被らないようにバランスを取りつつ、それでいて個人的につながりのある人はなるべく一緒に入れました。大島渚と永井一郎とか、兄弟の赤瀬川原平と赤瀬川隼とか。あと、2012年から2016年までの時代の流れもわかるような構成になっています。
インターネット以前の「おもしろさ」は消えた
—— さっそく、今回のテーマである「ネットにない情報の探し方」について聞いていきたいと思うんですが……。近藤さん、そもそもフリーライターになり始めのころ、インターネットはあったんですか?
近藤 20年くらい前だから、なかったですね。図書館の蔵書検索も、今みたいにコンピュータの端末なんてなくて、カードでした。
米光 「書誌情報」ってやつね。本の著者やタイトルが書いてあるカードが棚の引き出しにぎっしり詰まってて、それを一枚一枚見ては本を探してましたね。
—— そのころは、どうやってほしい情報を探していたんですか?
近藤 どうしてたんだろう?(笑) ネット以前とか、忘却の彼方ですねえ。でもやっぱり、図書館へ行って新聞の縮刷版をめくって、関連のある記事を探したりはしていましたね。
米光 あとは、まず本を一冊見つけて、その本の関連本を枝葉のように広げていくくらいしか方法がなかったんだよね。
—— では、ネットが出てきてから情報の集め方は変わりましたか?
近藤 そうですね。図書館の蔵書も、今は直接行かなくてもネットで検索できるし、「日本の古本屋」とかの通販サイトも出てきて、今まで古本屋を巡っていちいち探していたような本が、一発で見つかるようになった。
米光 かわりに、何十軒も回ってようやく見つけたときの「あった〜〜!」っていう喜びは失われたけどね。
近藤 古本屋さんに行って「この本欲しいんで、入荷したら教えてください!」みたいなのも、もうないですもんね。あのときは、通販でしこたま買ったなあ。そういう便利さっていうのは、インターネットを始めたころの思い出としてありますね。
米光 便利になったかわりに、探すおもしろさはなくなったよね。
ネットに空いた、情報の穴
—— 近藤さんも今は、まずはネットで調べるように?
近藤 はい。ネットを通じて図書館の蔵書検索をしたり。
—— 米光さんは、調べ物はどのようにされます?
米光 僕もまずはネットから入るかな。それから図書館に行ったり、書店や古本屋やAmazonで買ったり……。ただまあ、「ネットにない情報の探し方」っていうタイトルだから言うんじゃないけれど、ネットだけでは足りないよね。
近藤 ネットでは足りないです。ええ。
米光 やっぱり、ネットだと情報が偏ってるんだよね。1970年から95年ぐらいの間の情報が、すごく薄い。ネットが普及してきた1995年以降は詳しいんだけど、それ以前が手薄で。もうちょっと古くなると、歴史的価値があるものは載っているけど、その間はほぼない。あと、断片的な情報はすごく充実している一方で、場の雰囲気とか、時代の空気みたいな情報は削げ落ちてるね。
—— 具体的には、どんなことが抜けているんですか?
米光 たとえば、インベーダーゲーム。それがどういうものかは載っているし、ゲームの画面は動画で見れる。でも、それを駄菓子屋の前で子供たちが遊んでいたこととか、喫茶店で大人が遊んでいたこととか、あの時のちょっと狂騒的なインベーダーブームの雰囲気って、なかなかネットには保存されてないんだよね。
近藤 たしかに。そこをどうやって調べるかは、ネットを起点とした情報収集の課題として残ると思いますね。
引用で歪められる、一文の意味
—— お二人は、ウィキペディアを使うことはあるんですか?
近藤 使うけれど、その場合はきちんと出典元まであたりますね。
米光 出典にあたってみると、微妙にニュアンスが違ったりするよね。
近藤 もともと引用で載っていた文章を、さらに引用した「孫引き」の場合とかは、そうですね。
米光 嘘も、あるもんね。
近藤 ええ。嘘はけっこうありますね。騙されたりします。
米光 今は直ってるけど、俺のウィキペディアにも前、間違ったことが書いてあった。あと、情報にちょっと偏りがあるから、やっぱり手薄なところは手薄っていう。
近藤 項目も、「なんでこれを?」っていう、最近のどうでもいい事件がピックアップされてたりしますよね。やたら記述の多い項目があって、肝心な情報にたどり着けなかったり。
—— ウィキペディアだけでなく、実際の本や資料でも、出典をあたったらちょっと違うことが書いてあった、みたいなことはあるんでしょうか?
近藤 けっこうありますよ。たとえば「一故人」でも取り上げたプロ野球選手の川上哲治について調べたときは、引用と出典で差がありました。
—— どういう内容だったんですか?
近藤 川上哲治は、戦時中に徴兵されていた際、鬼教官として恐れられ、鉄拳制裁も平気でやった、と。これは作家の虫明亜呂無(むしあけあろむ)っていう、当時川上哲治に軍事教練を受けた体験のある人の文章に書いてあるんですけど……。
—— それが原典と引用ではどう違っていたんですか?
近藤 実際の文章は、虫明が面会に来た肉親に会おうと軍を抜け出したとき、川上哲治に見つかってしまった。けれど彼は殴ったりせず、優しい言葉をかけて見逃してくれたと、「鉄拳制裁を受けなかった」ことが強調して書かれていました。でも、その引用したライターは、どちらかというと鉄拳制裁のところをクローズアップして取り上げていて。
—— 鉄拳制裁をする怖い人だ、という印象だけを与える文章になっていたんですね。
近藤 そうです。恣意的に引用されている印象がありました。だから、孫引きはやっぱり怖いですよね。引用されているもとの文章まで確かめないと、色々なニュアンスが変わってきますから、僕は必ず元をあたるようにしています。
構成:岩崎一麦
※この対談は、2017年5月9日に紀伊國屋書店新宿本店で行われた、『一故人』刊行記念 近藤正高×米光一成トークイベント「ネットにない情報の探し方」の内容を一部文章化したものです。
次回、「『検索』しても出てこない情報の探し方」は6月26日(月)公開予定