「なあ、お前、どないすんねん?」
ター坊の家は実家だったから、ター坊の家族も同じ屋根の下にいた。
そんな状況だったから、さすがに暴力沙汰にはならないだろうと踏んでいたし、タクシーの中での穏やかな空気のまま、僕たちはター坊の部屋に入れたものだから、僕は少しだけ油断していた。
「なあ、はっきり言えや!」
俯いたまま煮え切らない態度のター坊を前にして、吉田さんの語尾も次第に荒くなっている。
「本当に……すいませんでした」
「謝られても、しゃあないねん!」
「はい……すいませんでした」
「すいません、ちゃうねん!」
「はい……すいません……」
何を言われようと、どうしたって、謝ることしかできないター坊。
一向に埒が開かないやり取りに痺れを切らした吉田さんが、ぶしつけに問いかける。
「お前も、辞めたくはないんやろ?」
「…………」
答えを言い淀んだター坊が、一瞬、僕たちの方に目を向ける。
気まずい表情を吉田さんに悟られぬよう、僕は慌てて眉間に力を込めた。
お前が辞めたいということは、知っている。
吉本という会社に不信感を持っていることも。
いっそのこと東京に行きたいと思っていることも。
僕たちはとっくに、知ってるよ。
本当のことを言うと、僕たちは全員、もうター坊は福岡吉本を辞めた方がいいと思っていた。
今になって思えば、テレビの仕事が決まる前から、既にター坊の様子はおかしかったのだ。
「俺には吉本の笑いって、合わないんですよね」
出会った頃から大人びたというか、一人前の芸人のような口ぶりだったター坊。
そんなター坊のことを僕は内心、ちょっと背伸びし過ぎなんじゃないのかな、まあ、年もひとつ下だし、若いから仕方がないのかなと、ほんの少しだけ苦手に思っていた。
「地元ネタで笑いを取っても、だから何だって、なりません?」
華丸の地元ネタで僕たちのコンビがター坊・ケン坊を追い抜いた時に、ター坊から言われた言葉。
確かにねえ、と頷きはしたものの、それと同時に、オーディションの優勝コンビとして、素直に負けを認めたくないのかなあという、そんな穿った見方も僕は捨てられなかった。
「やっぱり、東京だと思うんですよ」
ター坊との会話は、最終的にいつもこうなる。
そりゃあそうかもしれないけれど、もう福岡吉本に入っちゃったんだから。
おかげさまで仕事もあるし稽古もあるし、イベントの予定だって数ヶ月先まで決まってる。
それなのに、今さら東京に行きますなんて、言えるわけがない。
もうやらなきゃいけないんだから、もうやるしかないんだから、だから、ほら。
もう、そんなこと、言うなよ。
こう言いたくなるのをグッと我慢して、ター坊との会話を僕は毎回、必死に聞き流した。
そうでもしておかないと、ター坊の言葉を正面から受け取ってしまうと、あまりにも虚しい言葉が、福岡吉本にいる限りは言いたくない言葉が、口から溢れてしまうからだ。
もう、そんな正論、吐くなよ。