ここは東京、西麻布。こじゃれた割烹屋のカウンター席に、渋い男性が一人座っていました。
陽太「あっ、先輩。お久しぶりです~」
と、その男性に陽気に声をかけるのは出来内陽太(デキナイヨウタ)です。
屑谷(クズタニ)先輩「お前、今さら先輩もないだろう」
と苦笑するのは、陽太のドブメディ時代の同僚、屑谷先輩です。
陽太「いや~でも先輩は先輩じゃないですか。それにしても久しぶりですね。前いつ会いましたっけ」
屑谷先輩「1年ぶりぐらいか? まあ、俺が会社辞めてからは今年で10年目だな」
そう言いながら、屑谷先輩はくいっと日本酒をあおりました。
陽太「ですね~。先輩のミャンマーの回転寿司チェーン店は、調子どうですか?」
屑谷先輩「悪くないね。今度また新しい店舗開くよ」
陽太「絶好調じゃないですか。僕にも投資してくださいよ」
屑谷先輩「散々貸してやっただろうが。それで、ミコちゃんの調子はどうだ?」
陽太「ああ、それは……」
と、この10年間に何があったのか、物語は少し前に戻るのでした……。
アメリカ、カルフォルニア州郊外、アーバイン。閑静な住宅街の広い一軒家に、お庭で遊ぶ一人の幼女の姿がありました。
陽太「ミコちゃーん、ご飯だよー」
陽太の一人娘のミコちゃんです。
あれからミラクルが起こり、陽太は見事、河合さんと結婚したのでした。
小さなミコちゃんは、お父さんの姿を見つけると駆け寄ってきました。
ミコちゃん「ママは?」
陽太「ママはお仕事だよ」
ミコちゃん「パパに比べてママはよく働くね」
陽太「パ、パパも働いてるからね……? ヒモじゃないからね……?」
ハハっと陽太は乾いた笑いを浮かべました。
あれから陽太は、アメリカで運よく職を見つけ、今は製薬会社で日本企業を担当する営業として働いています。
陽太(アメリカで暮らすなんて考えたこともなかったんだけどなぁ……)
と、陽太は人生の不思議をいつも思います。
陽太「ほら、手を洗ってごはん食べようねー」
ミコちゃん「うんー……」
お父さんと手をつなごうとしたミコちゃんでしたが、突然ガクッと地面に倒れこみました。
陽太「ミコちゃん!?」
陽太が慌てて抱き起すと、ミコちゃんは真っ青な顔をして脂汗をかいていました。
陽太「ミコちゃん——!?」
病院のベッドで、ミコちゃんは点滴につながれ眠りについていました。小さな腕に針が刺されている姿はとても痛々しく、陽太は自分まで胸が痛くなりました。
陽太「ごめんね……僕がいたのに……」
河合さん「ううん……」
ミコちゃんが眠るベットの横で、お母さんになった河合さんは、やつれた顔で首を振りました。