投手は常に見られている
なくて七癖。人間、誰しも癖はある。
大リーグの「最後の4割打者」テッド・ウィリアムズはこう述べている。
「相手の打つ手は、事前にキャッチできるはずだし、また、その努力をしなければならない」
「投手は、捕手とサインを交換した上で投げる。だから、投球モーションに入るときには、すでに投げる球が決まっている。そこに、わずかな変化が生まれる。必ずどこかに、癖が出る」
実は、この言葉を知って、私は対戦相手の癖を探すようになった。
前述した稲尾ほどの投手でさえ、16ミリカメラによる映像で研究されれば、握りのほんのわずかな違いでシュートか外角球かがバレて、打たれるのだ。
そこまで細かく見る必要もないほど、球種が丸わかりの場合もある。
南海での現役時代、特にフォークボールを決め球にする投手は大歓迎だった。ボールをグラブの中に隠していながら、ボールを握るとき、人さし指と中指を広げるため、グラブも一緒になって広がる。
それを見破られまいとすると、今度は手をグラブに収める前に一瞬、間が空く。癖が出ないようにと、意識すればするほど、変化が表れる。
阪急戦で打席に入ると、捕手の岡村浩二がよくボヤいていた。
「ノムさんにはフォークのサインは出せません。わかっているんでしょう? それでもピッチャーは不器用だから、直せないんですよねえ……」
不器用とは、言い得て妙だと思う。アマチュア時代から、投手はチームのスターでお山の大将。プロに進む選手はなおのこと、プライドが高い。それまで通してきた投げ方は、なかなか直せないものだ。
現代の情報野球では、プロ入りと同時に敵味方なく癖の発見に全力を注ぎ、投手は癖を直すことが最初の仕事になっている。癖を放置していては、天賦の才も、磨いてきた技術も、価値が薄くなる。
球種だけではない。直球と変化球を投げるときでは、投球フォームや腕の振り方が変わる投手がいる。「変化球……です……よっ」と、あからさまなリズムになってはいけない。フォームや腕の振りを鈍らせたら、打者に瞬時に察知される。
逆に、ゆったりしたフォームからスパッとした直球を、強い腕の振りで緩い変化球を投げることができれば、打者を幻惑させられる。腕の振りと威力にギャップがある球ほど、打ちにくいものだ。
打者の目には、フォームと腕の振りが無意識のうちに映り、それが残像となって脳裏に張り付いていると認識すべし。
何より投手は、常に見られていることを、自覚しなければならない。