ここは東京、西新宿。
医療器具メーカードブ板メディカル株式会社では、
河合さん「はぁ……」
ため息を漏らす物憂げな美女が一人。提携先からの出向者、河合さんです。
河合さんはなんだかこの数日とっても元気がないのです。
陽太「どうしたの? 河合さん、最近元気ないじゃん」
と声をかけるのは、三年目営業の出来内陽太(デキナイヨウタ)です。
河合さん「……出来内さんはいつもお気楽そうでいいですよね」
河合さんは陽太を見るなりそう言いました。
陽太「ひど! そんなことないよ。僕だっていろいろ毎日悩み考えているんだよ」
河合さん「私と出来内さんとでは、なんというか思考の深さ、悩みの深さが違うんです」
陽太「そ、そう……。でもそんなに悩んでいるんだったら、僕でよければ話を聞くよ? これから晩御飯でも一緒にどう?」
ちょっとテレテレしながら陽太は言いました。
そう、陽太はちょびっとこの河合さんにフォーリンラブだったのです。
河合さん「結構です」
陽太「て、鉄壁ぃ……。僕もこの流れにだんだん慣れてきたよ……」
河合さん「そうですか、よかったです。それではもう時間なのでお先に失礼します」
陽太「あ……」
そう言うと河合さんはスタスタと、オフィスから出て行ってしまったのです。
河合さん「はあ……」
エレベーターへと向かう廊下で、河合さんはまだため息をついていました。
河合さん「……」
河合さんは廊下の途中にある医務室のドアを見つけました。
ちょっとためらいながらドアノブに手をかけると、鍵はかかっていません。
河合さん「……ずんずん先生、いますか?」
そう言って、河合さんがドアを開けると、
ずんずん先生「いるけど、いない」
医務室には、デスクでめっちゃ目を血走らせながら、ニンテンドースイッチにいそしむずんずん先生の姿がありました。
河合さん「なにしてるんですか」
ずんずん先生「ゼルダよ! 新しいゼルダ! ちなみにゼルダの伝説の主人公ってゼルダって名前じゃなくて、リンクって名前なの、知ってた?」
河合さん「知りません」
ずんずん先生は社会人がかかるという謎の奇病、社会人病を専門とするメンヘラ産業医でして、なぜかドブ板メディカル株式会社に常駐していました。
ずんずん先生「それで、どうしたの? ゲームしてて聞いてないように見えるかもしれないけど、大丈夫。ちゃんと聞いてない」
河合さん「聞いてください!」
えいっと河合さんはずんずん先生の手からニンテンドースイッチを奪いました。
ずんずん先生「あ、あああ~! リンクぅ!!」
河合さん「ゲームなんておうちでやってください」
そう言いながら、河合さんはずんずん先生と向かい合うように丸イスに座りました。
河合さん「実は、出向元の上司から帰ってくるように言われたんです」
ずんずん先生「えっ。よかったじゃない。前からこの会社はくそだ、出向元に帰りたいってあれだけ言ってたものね」
河合さん「ええ、この会社はくそです。ですが……」
ふーっと河合さんはまた深いため息をつきました。
河合さん「これでいいのかなって」
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