無駄遣いの極み
ジョイント・インターナショナルの店は、まだ秋葉原に残っていた。
客層は一新していた。最近は西島も古畑も成田も、忙しくてほとんど来ないという。
店の奥の休憩ルームに、俺は堀井健史と向かい合っていた。古畑を通じて、呼び出してもらったのだ。
いま堀井は、引き続き母親の地元の福岡県八女市に暮らしながら、アルバイトした金で、ひとりで東京に通っているという。
「優作さん、お久しぶりです」
「元気だったか」
「はい、お陰さまで」
「ちゃんと勉強してるか?」
「へへ、それなりには」
堀井は16歳の高校1年生になっていた。久留米市の有名な進学校に合格したという。
肩幅が少し広くなり、背も伸びていた。話し声はすっかり声変わりしている。子どもから青年への成長を感じさせた。
「古畑さんから聞きました。僕に話があるって?」
呼び出したはいいけれど、何から切りだそう。
いきなり「俺は未来のお前に言われて、タイムスリップしてきた」と明かすのは、さすがに唐突だろう。
本題に入る前にまず、西島たちの情報を整理しようと思った。
「まあ、堅苦しい話じゃないんだけどさ。3年ほど俺が留守にしてた間、アーキテクトはどうだったのか、聞いておきたくってさ」
少し堀井の顔が曇った。
「どこまでご存じですか?」
「んー……まあ、西島さんの金づかいが酷いとか、ビンセントと微妙な感じになってるとか」
「なるほど」
「古畑さんは、あんまり詳しく言いたくない感じだったけどな」
「そりゃそうですよ」
「君は詳しく知ってるの?」
堀井は伏し目がちに言った。
「僕もアーキテクトの社員じゃないんで、細かいところまでは知りません。でも傍から見ていて、マズいなぁっていうところは、けっこうあります」
「西島さんが?」
「はい」
「例えば、どんなこと」
堀井は、口をぐっと結んでから話し出した。
「西島さんは利殖のためといって、海外のいろんなソフトウェア会社の上場前の株を買い取っていました。その資金はマクロソフトからの貸付金でした。5000万円ぐらいだったかな。そのお金が、数年前にマクロソフトが上場するとき『貸付金が焦げ付いている』とわかって、大問題になりました。西島さん個人の借金のはずなんだけど、西島さんは『MSX-Xが生まれるまでのマクロソフト、アーキテクト双方の運営資金だ』と言い張った。ビンセントは、ふざけんな! って、ブチ切れました」
「そりゃそうだ」
「古畑さんが間に入って、何とかビンセントをなだめてもらい、マクロソフトの損金処理の形でまとまりました。西島さんもいい加減、懲りたかと思ったら……無駄遣いは、止まりませんでした」
堀井は苦い顔で続ける。
「飛行機代がすごいんです。西島さんはファーストクラスしか乗らないから、アメリカ出張が続くと月に1000万ぐらいかかります。国内では、家があるのに高級ホテルに外泊ばかり。宿泊代で250万、タクシー代で200万ぐらいアーキテクトに請求があります。ちょっと地方へ行くのにヘリコプターをチャーターしたりとか。
何でそんなに贅沢するんですか? って聞きました。西島さんは『金は王様のように使え! そしたら王様と出会えるチャンスがあるんや!』って答えました」
「うーん、言いそうだな」
「昨年は、ヘリコプターを4台ぐらい買いました。ジャンボジェット機も発注してます」
「ええ~っ?」
「全席ファーストクラスで、ジャグジー風呂付きの特別仕様とか。燃料タンクが胴体にあって、世界一周もできるジャンボらしいです。『年がら年じゅう海外へ行くんやから、いい飛行機を持っておくのは有効投資や!』っていう理由らしいんですけど。自分ひとりしか使わないのに、投資も何もないでしょうと。あと地方に飛行場を建設しようと、土地を買ってきたり……」
「もういいわかった」
頭がくらくらする。俺もネクサスドア時代はだいぶ贅沢を満喫したと思ったが、浪費のスケールが違う。さすが生まれつき金持ちのボンボンだ。
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