世界のパソコン市場を牛耳った日本
「行く前に、確認したい。西島さんは今どうしてるんだ?」
と聞くとオッサンは、少し暗い表情をした。
「あの人は、本当にすごいビジネスマンだった。ITの歴史を変えた、スーパーヒーローだったよ。良くも悪くも、歴史に残るべき人だと思う」
しかし現実に、西島和彦の記録はほとんどない。
消息すらわからないのは、どういうことだろう。
「過去に、何かあったのか?」
「1988年に行くなら、自分で確かめることになるよ。西島さんの未来が、また大きく変わる出来事に立ち会えると思う」
思わせぶりな言い方にイラだったが、たしかに自分で見てきた方が、納得できるだろう。
一方で別の疑問もあった。
「気になっているんだが、西島さんみたいな男がいたら、パソコンの進化はもっと先に進んでいたんじゃないか? 少なくともアーキテクトを筆頭にした日本企業が、世界のパソコン市場を独占していても不思議じゃない。むしろ当然だと思うんだが……」
「そうだな」
「なぜいまマクロソフトとアップル・ガレージが勝って、日本の企業が、こんな斜陽になっているんだ」
「パソコンの進化が遅れていること、日本の企業が後退したこと、理由は無数にある。本当にいろんなことが複雑に絡み合っている」
「例えば、どんなことだ」
オッサンは腕を組んで、話し出した。
「日本の半導体事業の失敗、TRONなど有望だったITプロジェクトの立ち後れ、円高ドル安の恒常化、台湾・韓国のグローバル企業の急発展とシェア拡大……まだ山ほどある。西島さん個人に関しては、たしかに突き抜けたイノベーター気質だったけど、おそろしく飽きっぽい。ひとつの事業で世界を獲れそうになっても、やっているうちに興味の対象が他に移って、中途半端なまま中座してしまう。あの人はそれでもいいけど周りはたまったものじゃなかった。女遊び、約束破り、ウソつき、そしてとんでもない放蕩癖……もともとの金持ちの坊ちゃんの悪いところが、続々と出てしまった。僕は彼の世話になった身だし、年も離れているから、直接の被害はないけれど。西島さんの近くにいた成田さんや古畑さん、他の会社の人たちは相当、ひどい目に遭わされたし、頭にきていたと思うよ」
実際に見てはいないけど、西島らしい話だと思った。初期のアーキテクトぐらいの規模の会社の社長なら、まあまあ見過ごされたかもしれない。
けれど大企業に発展したアーキテクトとマクロソフトのトップの立場では、彼の破天荒と自分勝手は、厳しく非難されそうだ。
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