金持ちはどんな車に乗るのか?
山内マリコ(以下、山内) 前回車の話をしましたけど、車といえば速水さんにはリアルな金持ちが乗る車について、アドバイスをいただきましたね。
速水健朗(以下、速水) 実は『あのこは貴族』がcakesに載っていた時点では、超金持ち設定の登場人物が乗っていたのが、アルファロメオのミトだった。
おぐらりゅうじ(以下、おぐら) 速水さんの愛車じゃないですか。
速水 だから、それは違うよって、すぐ本人にLINEした。
山内 私が知っている中で、一番いい車に乗っているのが速水さんだったから、そのまま書いちゃって……。
速水 アルファロメオとはいっても、所詮はプリウスよりも安い車だから。医者とかお嬢さんが乗る車じゃないんだよ。ちなみに、小説の中で、医者の次女が乗る車は、その後ポルシェのマカンになった。我が愛車の2倍以上。
山内 他にも、ゲラになった時点で、お金持ちの知り合いに送って読んでもらったら、「ミトからレクサスに乗り換える」っていうところで「レクサスなんておじさんくさい車に乗るわけない!」という辛口なコメントをいただきまして……。それで速水さんに登場人物のプロフィールを送り、「こういう人はどんな車に乗るのでしょうか?」と、助けを求めました。
速水 そのプロフィールは、生まれも育ちもよくて、ゴルフが好きな弁護士。でも、いけ好かない奴ではなくて、性格はいい。そんな彼がスポーツカー以外なら何に乗るかっていう相談だった。ポルシェとかジャガーでもなく、マセラティでもちょっと成金過ぎるかなみたいな試行錯誤をした上で、出した答えがレンジローバー。ランドローバー社のフラッグシップモデルね。イギリスのメーカーだし、狩猟をやるような貴族の人たちが乗るみたいな意味でも、これかなって。
山内 私も検索してレンジローバーの車体を見たとき、「これだ!」と思いました。
速水 本当に?(笑)
山内 本当に!
金持ちを悩ませる「相続税」問題
速水 『あのこは貴族』には、老舗の高級ホテルの話がよく出てくるよね。
山内 真のお金持ちは、普段からホテルをすごく気軽に使っているんです。とくにホテルの中にあるバーとかラウンジを、コメダ珈琲かファミレスくらいの感覚で使ってる。
速水 編集者にとって、ホテルのバーやラウンジは、大御所作家との打ち合わせで使う場所でもある。赤川次郎先生はここ、北方謙三先生はあそこって感じで、みんな行きつけがあるから。小説では、物語のキーとしてホテルオークラが登場するよね。
山内 それには理由があって、去年の8月に本館が取り壊されちゃったんです。ホテルオークラを建てたのは大倉財閥の二代目・大倉喜七郎。彼は戦後、復興して一流の国になるは、まず一流のホテルがなくちゃって、日本という国のためを思い、自分の土地を使って、自腹で建てたんです。そんなホテルオークラの本館という、上流階級御用達で、日本の精神を感じる素敵な場所が、オリンピックを理由に壊されてしまった……。これにはすごい意味があると私は思っているので、一つの時代が終わる象徴として出しました。
おぐら かっこいい!
山内 かっこいいでしょ(笑)。で、ここから一瞬シャネルの話していい? 19世紀末に出てきたココ・シャネルは、貧しい家の出身だったけど、上流階級とパイプができたことでファッションの才能を伸ばしていった人なんです。
速水 最初は帽子屋さんだよね。
山内 そうです。シャネルが上流階級の人たちと関わるようになった時に、彼女の男らしい格好は、まわりから珍奇なものだと見られていて。一方で、シャネル本人は、コルセットを巻いてドレスを着て、大きな帽子に傘をさしてる貴夫人たちを見て「わたしは19世紀の喪に立ち会っているのだ。ひとつの時代が終わろうとしていた」という名言を残しています。
おぐら 文化とともに、時代が終わる感覚。
山内 私もそういうシャネルの視点を意識して、もしかして今って、ホテルオークラに象徴される「東京の上流階級文化」が終わる時なんじゃないかなって。たぶん、もう末期なんですよ。