「私、ほんとうは正太夫さんと結ばれたかった。秀平ゴメンネ……」
1988年の朝の連続ドラマ小説『純ちゃんの応援歌』の収録スタジオで、ささやかな七夕祭りが開かれた。
ヒロイン「純子」を演じていたのが本作が女優デビューとなる新人だった山口智子。ドラマ上では、高嶋政宏演じる「秀平」と結ばれる。だが、山口智子が短冊に想いをしたためたのは「正太夫」。それを演じているのは笑福亭鶴瓶だった。
「個人的にも、理想の人なんです(笑)。とにかく優しくって、お話してても気分的にすごく楽。変に構えることなく、自然に接することができるんです。テレビではいつも三の線を演じてらっしゃいますが、マインドの部分はまちがいなく二の線。そんなところがとてもカッコイイ!」※1
山口智子は鶴瓶に“ベタ惚れ”だった。
俳優という三足目のワラジ
当時の関西出身芸人にとって、全国区で世間的な知名度を得るのは、バラエティ番組よりもむしろドラマだった。
明石家さんまも、全国的に名前が広がったのは『天皇の料理番』(TBS)出演だったし、鶴瓶もこの『純ちゃんの応援歌』で、劇的に知名度を上げた。
なにしろヒロインに一目惚れして、終生彼女を慕い続ける、心優しき三枚目。準主役級のオイシイ役どころだ。
和歌山でのロケでも、地元の人からいちばん人気を集めたのが鶴瓶だった。
NHKのスタッフが「他の役者さんが気の毒なほどの人気ぶり」だったと証言している。
笑福亭鶴瓶は、「俳優」として数多くの映画・ドラマに出演している。
従って現在、鶴瓶はテレビタレント、落語家、俳優の“三足の草鞋”を履いていることになる。
名脇役として脇を固めてきた彼が初めて主演したのは映画『ディア・ドクター』だ。
西川美和は最後まで主役のキャスティングを迷っていた。共演する瑛太や八千草薫らの起用が決まっても主役が決まらないままだった。
村人に慕われ、絶大な信頼を得ているが、実は医師免許を持っていないニセ医者。それに適任な役者が思い浮かばなかったのだ。
いや、実は初期段階で鶴瓶の名前が頭をよぎったという。だが、長い地方ロケが必要な映画。スケジュール的に無理だろうと諦めた。
それ以上に、「『笑福亭鶴瓶』という存在にすべて持っていかれるんじゃないかという恐怖心もあった」※2という。
ちなみに鶴瓶が聞いたところによると最終候補に残り、鶴瓶と“争った”のはAV男優の加藤鷹だったという※3。
西川は、この映画の主人公に自分を投影した。映画監督として自分は“ホンモノ”とはいえないのではないかと。何がホンモノで何がニセモノなのか? 鶴瓶もまた、医師免許を持っていないニセ医者と同じように、落語家として自問自答の日々を過ごしてきた。