星野源は驚いた。
トイレに行って戻ろうとしたら、反対側から笑福亭鶴瓶が歩いてきたのだ。
周囲の人に気づかれて騒ぎにならないように、体を小さく丸めて歩いているが明らかに「ツルベ」。目立っていた。
星野は鶴瓶の肩を叩くと、ビクっとした鶴瓶は小さな声で「なんですの?」と答える。
「源です」 マスクを取って言うと、「ああ!」とようやく気づいたが、「お前、マスク上げとき。大変なことになるで」と言う。
確かに。と思った星野だが心の中で「あんた、そんなちっちゃく歩いてくるんだったら、マスクしろよ!」とツッコんだ。
そこは超満員の歌舞伎座。人がごった返していた。
星野源は席に座るとまた驚いた。
自分の斜め前に鶴瓶の隣に座っていたのがタモリだったのだ。
タモリが思いつき、鶴瓶が作った落語が、歌舞伎の舞台に
星野が訪れたのは、中村勘九郎、中村七之助による歌舞伎「廓噺山名屋浦里(さとのうわさやまなやうらざと)」の千秋楽だった。
「廓噺山名屋浦里」は、鶴瓶がタモリの発案をもとに新作落語にした「山名屋浦里」を原作にした歌舞伎。 つまり、タモリ・原案、鶴瓶・原作の歌舞伎ということだ。
だが、「タモリ」の名がクレジットされることはなかった。「名前載せたら?」と鶴瓶が何度も言ったが、「歌舞伎にタモリは似合わねえよ」と断ったという。
実はタモリは2回目の観劇だった。あまり芝居などを観に行くのが好きではないタモリが、一度観た後、鶴瓶に「もう一回観たい」と懇願したのだ。珍しいことだと思い、それに付き合って、鶴瓶も一緒に訪れていた。
二人は、体を小さくしたまま見入っていたという。星野はその様子を「同級生がニコニコしながら見ているみたいな感じなの。それがなんかすごく、本当に友達同士で来ているみたいな感じ」だったと振り返っている※1。
そして、星野源は、みたび驚くことになる。
歌舞伎が終演を迎え、しばらく経っても拍手がなりやまないのだ。通常の舞台では、その拍手はカーテンコールを促すものだ。だが、歌舞伎の世界では、基本的にカーテンコールは行わない。幕が閉じればそれで終わりだ。
だが、鳴り止まない拍手に遂に異例のカーテンコールが行われたのだ。
もちろん役者たちは準備をしていない。だから衣装を脱ぎ部屋着姿の勘九郎や七之助が戸惑いながら舞台に戻ってきた。
その異例の展開に場内はさらに爆発。 割れんばかりの拍手が包み込み、スタンディングオベーションとなった。
勘九郎は困った末、「原作者」と「原案者」が来ていることを紹介した。
思わぬ展開に戸惑いながらも二人は靴を脱ぎ、歌舞伎座の花道を通り、伝統ある歌舞伎座の舞台に上ったのだ。鶴瓶は半ズボンだった。
アホなことを一緒にいっぱいした
鶴瓶とタモリは舞台上で、カーテンコールの挨拶に慣れない勘九郎たちをサポートするように事の経緯を説明していく。
『ブラタモリ』で吉原を訪れたタモリが、「山名屋浦里」の元になった実話を知り、それを鶴瓶に落語にして欲しいとリクエストしたこと。
その要望に答え鶴瓶が新作落語を作ったこと。
そして、その落語を聴いた中村勘九郎が歌舞伎にしたいと申し出たこと。
「本当にありがとうございました。こういう自分の考えたものとか、タモリさんが言ってくれたことがこんな風に歌舞伎になるなんて思ってなかった」
そんな風に挨拶を終えると「タモリさん、行こうか?」と促した。
するとタモリが全力で答えた。
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