時空のズレ
「前みたいに金を生む仕事じゃない」
と言ってオッサンは、スマホを取り出した。
そして俺の前のソファに座り、スマホの画面が見えるように机に置いた。
「あれこれ説明するより、これを見せた方が早いだろう」
オッサンはスマホのメモアプリをタッチした。そのなかに、見たことのないURLがメモしてある。
URLに触れると、何かのファイルが起動した──直後、スマホの画面から光の柱が、立ち上がった。
柱の表面の膜には、どこかの都市の景色や自然の山並みが、多面カメラで撮った映像のように、目まぐるしく切り替わりながら映写されている。
何だこれは?
「プロジェクションマッピングのアプリでも開発したのか」
オッサンは答えず、俺の後ろを指さした。
振り返ると、白い壁にシンプルな針時計が掛けられている。
「優作。見ろ」
と言ってオッサンは、今度は光の膜の一部を指さした。
そこに、白い壁に掛かった針時計が映っている。
俺の後ろにあるのと同じ時計だ。
オッサンが言う。
「昨日の同時刻にセットした。いま見ているのは24時間前の、この部屋の時計だ」
「昨日?」
「そうだ。いいか」
オッサンはマジックを取り出した。そしてマジックの先を、光の膜に差しこんだ。
すると、光の膜を通り過ぎた。
映像だと思っていた時計に、マジックの先端が、タッチした。
オッサンは時計の盤面に、大きく「ABC」と書いた。
物質が、映像をすり抜けている?
どういう仕組みなんだ?
そしてオッサンは、「見ろ」という感じに、俺の後ろを指した。
振り返ると──壁に掛かった針時計の文字盤に、さっきはなかったはずの「ABC」の文字が書かれていた!
「スマホを使った手品か? 面白いじゃないか」
「手品じゃない。マジックの先だけが24時間前に行った。そして文字を残して、現在の時計の盤面を変えたんだよ」
俺はすぐには意味が理解できず、呆気にとられた。
オッサンが続けた。
「つまり、タイムスリップだ」
次は、ソファからずり落ちそうになった。
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