労働や投資に対する「嫌悪感」が蔓延する日本
渡辺由佳里(以下、渡辺) 今日はお忙しいところ、わざわざ私の帰国(2016年収録)にあわせて、お時間くださってありがとうございます。
藤野英人(以下、藤野) いつもFacebookなど楽しませてもらってます。
渡辺 わたしも藤野さんの投稿、素敵だな、ずっとお会いしたいと思っていて、今日お話できてうれしいです。
藤野 ありがとうございます。
渡辺 藤野さんって、投資や仕事の本質に気が付かれたのはいつ頃なんですか?
藤野 社会人3~4年目のときです。昔の僕は今とはまったく違う考え方でした。大企業が偉いと思っていたし、官僚が偉いと思っていました。仕事ができないヤツはバカとさえ思っていた。超個人主義でもありましたね。今の自分が説教したくなるようなタイプの人間です(笑)。
渡辺 あはは、想像がつかないです。
藤野 でも、初めて就職した会社で配属された部署のおかげで価値観が変わったんです。そこでは中堅中小企業の優秀な経営者の話を毎日聞くことができました。彼らとの対話で生き方も変わったし、投資についても多く学ばせてもらいました。
渡辺 そこで人生観が変わったと。
藤野 はい。いろんな経営者と付き合ってわかったことは、そもそも最初からお金持ちだった人はほとんどいない。みんな「これを成し遂げたい」と0からスタートして、その人の熱意に賛同する人がいたから、お金も集まってうまくいったケースが多い。
渡辺 やりたいことがあって夢に突き進んだ結果、お金持ちになったわけですか。
藤野 そうです。自分のエネルギーと熱意を彼らは投資して、お金や資産というリターンを得ていたんです。
何かを成し遂げたければ、お金よりもそっちが大事なんだと気づけました。ですから、投資の概念はすごく広くて、お金でお金を得るのは投資のごく一部の側面でしかないんです。
渡辺 すばらしい体験をされましたね。
「ありがとう」が減って、クレームが増えた
藤野 私は渡辺さんの本『どうせなら、楽しく生きよう』を読んで気づいたんですが、アメリカや欧州、最近では中国の人も、人から何かしてもらったら必ずお礼を言いますよね。
渡辺 ええ、そうですね。人間関係の基本というか。
藤野 エレベーターを譲ってもらったときや買い物をしたとき、タクシーに乗降したときもお礼の言葉を言うのは世界の常識です。しかし、日本だとコンビニのレジで買い物をしても何も言わない人がほとんど。
渡辺 えっ。そうなんですか? アメリカは特に、人種のるつぼだから、私はあなたに対して、「悪い感情を持っていない」という意思表明でもあります。でも、私は「ありがとう」という習慣を日本の子ども時代に身につけたと思うんですよ。日本って昔からそうでしたっけ?
藤野 年々「ありがとう」という機会がどんどん減ってきていると思う。
渡辺 挨拶って人間同士の接点ですから、それがないとどんどん世の中がギスギスしていく気がします。いや、現にそうなっているのかも。
藤野 僕はその悪影響が今の若い人に現れていると思う。
例えば、高校生に「働くことのイメージ」を聞くと、わりとポジティブな回答が返ってくるんですよ。ところが、大学生に聞くと、「働くこと=苦行」と考える子が大半を占める。つまり、バイトでも就労経験がある子ほど仕事に対してネガティブなイメージを持つ傾向にあるんです。日本人の「ありがとう」と言う回数が減る一方で、今度はクレームや怒りの声をぶつける回数が増えた。
渡辺 それでは、サービス業で働く大学生たちが、労働を嫌いになるのも無理がないですね。
藤野 お客様が働いている人を大切にしていないから、若者たちの仕事に対するイメージが悪化していくわけです。すると、労働やお金儲けは悪という価値観が広がりますよね。その影響のせいか、最近は僕が本業とする「投資」についても嫌悪感を示す人が増えてきました。
渡辺 アメリカでも同様のことが起きています。例えば、アメリカ大統領候補のヒラリー・クリントンがゴールドマン・サックスの講演会で1回につき3000万円近くもの報酬を受け取ったことが波紋を呼びました。
一部の人からは“罪人”扱いまでされました。でも、彼女が多額の報酬を貰えるのはそれだけのキャリアを積んできたから。彼女のアイディアやアドバイスに価値があると思うからお金を出す人がいるわけです。なのに儲けることに嫌悪感を持つ人たちによって彼女が叩かれる姿を見て、私は違和感を感じました。
アメリカ人の投資教育は必ず「勤労」がセットにある
渡辺 もっと日本人の「労働」や「投資」に対する意識が変わるといいですよね。
例えば、私は乾燥機能つき洗濯機やお掃除ロボットを買うことも投資の一種だと思うんです。便利な家電を使って家事の時間を減らせば、夫婦が一緒に過ごせる時間が増えるじゃないですか。
藤野 そうですね。人間同士のつながりを強化するための投資もあると思います。日本人は投資に対してのリテラシーもまだまだ足りません。多くの方が「ギャンブルのようなもの」という間違ったイメージを持っています。少額や積立でも投資を始められるということさえ知らない。
渡辺 私も結婚するまで、投資を怖いものだと思っていました。でも以前ウォール街で働いていた主人のおかげで意識が変わりましたね。短期的な「儲け」を目的にするのではなく、子どもの学費、引退後の生活など、長期的な観点からバランスよく資産を作っていく。その一部が「投資」なんですよね。失敗しても取り戻しがきく若いときはリスキーなものに対する投資の比率を多くする。年を取るにつれて、リスキーなものから安定したものへの投資に徐々にスライドしていくのが上手な運用の仕方だと知りました。
藤野 はい。そして、もしひとりで投資を始めるのが不安なら、一度プロの人間に相談してみるのがいいと思います。1回相談するだけで、株や投資信託などいろんな投資商品があることがわかりますし、上手なポートフォリオ※の作り方もわかりますから。
※ポートフォリオ 元来は「書類入れ」を意味し、多くは営業資料や作品集を意味する。投資用語では、株式/債券/不動産などの金融商品の一覧や組み合わせを指す。
渡辺 それをアメリカ人は若い時からやっているんですよね。主人がいちばん最初にポートフォリオを作ったのは、たしか13歳のとき。近所に住民に草刈りの必要がないかを聞き回って、草刈りのアルバイトをしたそうです。
藤野 そこが大事なポイントで、アメリカの投資教育は必ず勤労と結びついているんですよ。例えば、10代のときからレモネードを売ったりとか、ベビーシッターをするとか。そこで稼いだお金を投資に回していくわけです。
渡辺 健全ですね。
次回「働くこと、儲けること、会社さえも嫌いになるのはなぜ?」は2/1(水)更新予定
写真・構成:紐野義貴
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