都によって都市計画の決定がなされれば、横丁一帯の土地の整理は一気に進むだろう。また同時に、仮線敷設のための準備も進んでいて、横丁の駅側半分があと1年ほどでなくなる。そして数年のうちに全部を取り壊す予定だ。
「血を売って、そのお金でホルモン食べて酒飲んだんだってよ」。スナック〈しらかわ〉の征子ママは菩薩のような笑みを湛えて言う。ここ京成立石駅の近くには、かつて大きな製薬会社があり、売血が盛んであった昭和30年代、そこに通い自分の血を売って得たわずかの金をモツ焼き屋で飲んで使ってしまう人々もいた。征子ママがこの地に来たのはずっと後のことだけれど、そんな昔話が飛び交う。角に座る常連のおやじさんは地元の人。ある玩具の工場が「この前やめちゃった」なんて話もしてくれた。以前はセルロイド工場など玩具の製造も盛んであり、現在もタカラトミーの本社所在地でもある。
小さなカウンターを囲んでこんな話をしていたのは、下町酒場横丁のエキスを濃縮しきったような、ここ〈呑んべ横丁〉。もう筆者が描写するまでもなく、写真を見ればわかりますね。トタンや看板が作る翳の濃さは一度目にしたら吸い込まれるほどの濃度と魅力を持っている。全45コマのうち、スナックを中心に22店が今夜も客を待つ。……突然だが ここで、70年ほど過去にタイムスリップしよう。
〈しらかわ〉にて。この店のコンパクトさよ! 誠に心地いい。
このアーチをくぐればすぐにタイムスリップできる。過去への一方通行ではあるが。
ひとりの人物が、後々まで愛される路地を作った。
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