田中慎弥と申します。作家をやっており、山口県の下関という日本の一地方都市で四十年ほどを過ごしたのち、最近になって東京へと居を移し住み着いています。
現在は作家として暮らしていることに間違いありませんが、もちろん生まれたときから作家になると決まっていたわけではありません。たしかに、子どものころから本を読むのは好きでした。ただし、勉強は嫌いで苦手、ゆえに学校の成績も芳しくありませんでした。
それでも高校までは、どうにかこうにか真っ当に卒業しました。ただ、大学受験には失敗してしまった。それをきっかけに、実家でいわゆる引きこもりの生活を、およそ十五年近く送ることになりました。
家のなかでなにをしていたのかといえば、ひたすら本を読んでいました。それと、小説を書くことだけは続けていました。応募した文学新人賞を受賞し、作家としてデビューできたのは三十三歳のとき。
以来、十年を超える月日が経ちました。わたしが書くのは「純文学」と呼ばれる、読者があまり多くはない分野のもの。それでも、いまはどうにかこうにか食えていて、なんとか生活に支障がないほどには仕事ができています。ありがたいと思うべきなのでしょう。
これまでの歩みが、苦心惨憺たるものだったのか、それとも順風満帆だったのか。自分自身では、どうにもうまく判断がつきません。葛藤や不安、悶々とした思いは、デビューの前も、作家になってからだって、山ほど抱えてきました。とはいえ、小さいころからずっと好きだった「読むこと」と、そこから派生する「書くこと」を絶えず続けていられるのだから、これ以上は望めないともいえます。
ともあれ、ここまで生き永らえてきた。波乱万丈の半生だったというほどではないけど、少々特徴的だと思われる点を挙げるとすれば、孤独な時間がほかの人に較べて多めだったし、それはいまでも変わりません。
わたしには兄弟がいません。幼いころに父を亡くしたので、家族は母と祖父だけでした。友だちは少なくて、外で遊ぶより家で本を読んでいるほうがよかった。長じて引きこもっていた時期は、当然ながら広い交友関係などない。作家になってからも、職業柄、接するのは編集者らごく限られた人たちばかり。組織に属し、積極的に仲間と関わるということを、ほぼ経験しないまま、ここまでやってきたわけです。
加えて、わたしはいまだに手書きで原稿を書き、パソコンは使わず、ということはインターネットにもつながっておらず、携帯電話すら所有したことがありません。決意や意地でそうしているわけではないけど、他人からすると、隔絶した生活を送っているように見えるらしい。
そんなわたしの目には、世の中の人たちはいま、あまりにも孤独を恐れすぎているように映ります。なにをそんなに怖がっているのか。
大きいものは国家から、小さいものは家族まで、人は好むと好まざるとにかかわらず、なんらかの共同体、組織、集団に属しています。それは人間であるかぎり免れないが、最低限のプライベートな場や時間を確保しつつ、組織とうまくつきあえている人が、どれほどいるのか。よしんば物理的に独りになれたとしても、そこでまたみずからインターネットを通してだれかとつながろうとするのは、本当にそうしたくてしているのかどうか。
あまり孤独になりすぎるのもよくはないけど、人には独りになって息をつく時間だって必要なはずです。集団のなかにいないとそれほど不安なのか。常にインターネットでつながっているなんて息苦しいのではないか。現代で普通に生きていると、孤独になる時間すら持てないのか。どうにもおかしな話です。
まるで「こうでなければならない」「みんなこうしているのだから」といった幻影の声に惑わされ、正体のないものの奴隷になっている状態なのではないかと、私には思えます。
そうはいっても、生活していくためには仕方がない、周囲や社会と足並みを揃えて仕事をすることで対価を得て、生計を立てているのだと言われれば、もちろん反論はできない。立派なことである。人生はだれのものであれ、基本的にたいへんです。生きていくのは楽ではない。
いや、そこなのです。だからこそ、です。仕事だからやっている、糧を得るために同調し、独りの時間すら持たず、好きなことに目を瞑る。端的に、それではつまらないのではないか。人生はたいへんである。ならばせめて、少しでもやりたいことをやれたほうがいいし、おもしろいほうがいいに決まっています。
そのようにあなたの人生の舵を切ることができるのは、ほかならぬあなた自身だけ。本書でわたしは、日々働きながらもどこかでもやもやと煮え切らない思いを抱えている人に向けて、孤独であることの必要性を述べてみたいと思います。いまの世の中、放っておけばいつしか奴隷のような生き方に搦め捕られてしまう。だから、意識的にそこから逃げていかなければならない。
わたし自身のわずかばかりの体験を踏まえながら、話を進めていけたらと思います。