※牧村さんに聞いてみたいことやこの連載に対する感想がある方は、応募フォームを通じてお送りください! HN・匿名でもかまいません。
子どももできないのになんで結婚したの、って、たまに言われることがある。
私は、29歳の女性だ。たぶん、妊娠・出産能力があると思う——使ったことはないが。そして、たぶんだけど、今後の人生で妊娠・出産をしようと試みることもないと思う。個人的に私は、子どもをつくることよりも、すでに生まれている子ども達が死にたくならない世の中にすることのほうに自分の人生を賭けているからだ。この二つを両立する人もいるが、その人はその人、私は私である。それに、私が愛し、一緒に生きたいと思った人は、女性だ。同性同士なので、性交渉を通じて子どもができることはない。
それを承知で私は、私の愛する人と結婚をした。もうすこし正確に言えば、性別不問で結婚制度を使えるようになった2013年フランスの法律に則って結婚制度を利用した。そうしなければ、日本国籍者である私は、私が愛し、一緒に生きたいと思ったフランス国籍の女性と、離れ離れにされてしまうからだ。一度ビザ切れで日本に帰されたとき、「こんなことはもうたくさんだ」と思った。それで、結婚制度を使った。
というわけで子どもを産まないのだが、私は、子育てをお手伝いしている。
きっかけは、フランスで暮らしていたころのことだった。日本人を親としてフランスに生まれた子ども達に、日本語で関わり、日本語の絵本を読み聞かせ、日本の歌を一緒に歌い伝統行事を一緒にやって、日本ってものをちょっとでも感じてもらうお手伝いをはじめたのだ。それ以降、子どもたちに、親でも先生でもない立場から関わるということを続けている。そういう中で、こんな出来事があった。
「お姉さんも、早く結婚して赤ちゃん産めるといいね!」
ニッコニコで言われた。6歳児に。
6歳児に悪気は全くないけれど
その子は、ママがとっても大好きな子だった。だからかつて、大好きなママが妊娠して自分以外に赤ちゃんを産むということがわかった時、激しくやきもちを焼いていた。だけれどもママの出産後は、人が変わったようにハッピー全開になり、こんなようなことを語った。“赤ちゃんを産んだママはかっこよかった。それにパパと赤ちゃんといっしょでママは幸せそうだ。自分はママのようになりたいし、結婚して赤ちゃんを産むということはとってもとっても幸せなことだ”
そう長々と語ったあとで、その子は私にこう言ったのだ。
「お姉さんも、早く結婚して赤ちゃん産めるといいね!」
私は、とっさにあたりを見回した。反応に困ってしまったのだ。6歳児に悪気は全くないが、「誰もみな結婚・出産を望んでいる」とか「誰もみな出産可能だ」というのは誤った思いこみである。だから、訂正すべき事項であるように私には思えた。が、自信がなかった。
(言っていいですよね?)
キョロキョロした。無意識に、私は味方を求めたのかもしれない。だが周りには、ほとんど人がいなかった。そばにいた大人(と思しき人)は、近くにあったトイレにササッと入ってしまった。その場には私と、ニッコニコの6歳児しかいなくなった。
私は屈みこみ、6歳児と目を合わせた。ニッコニコの6歳児と、口を真一文字に結んだ私(29)が向かい合う形になった。
以下が、その際の会話である。
「お姉さんは、結婚しているのよ」
「ほんと? 赤ちゃんはいつ?」
「生まれないのよ。お姉さんは女で、女を好きになったの」
「女と女でも結婚できるの?」
「今の日本では、認められないね。でも、誰に『認めないぞ』と言われたって、それでも『結婚しました』っていう届け出を出す人や、結婚式を挙げる人はいるんだよ。性別関係なくね」
「でも、赤ちゃんができないのに、なんで結婚するの?」
「結婚は、赤ちゃんを産んで育てるためだけのものじゃないからよ」
「そうなの?」
「うん。結婚しないで赤ちゃんを産む人もいるし、結婚しても赤ちゃんを産まない人もいるよ。それが良いとか悪いとか、いろいろ言う人も世の中にはいるね。けど、少なくとも日本では、民法っていうルールにも憲法っていうルールにも、『結婚したら赤ちゃんを産みましょうね』だなんて、ぜんぜん書いていないんだ」
「結婚と、赤ちゃんは、ちがうことなの?」
「ちがうことよ」
そこまで聞くと、ニッコニコだった6歳児は、ちょっとしょんぼりした顔をした。
「じゃあお姉さんは、結婚しても、赤ちゃんができないんだ。かわいそうだね」
私は私をかわいそうだとは思わないよ
それはイヤミではなく、本音であるようだった。「自分のママが赤ちゃんを産んで幸せ、なのにこのお姉さんはその幸せを味わえなくてかわいそう」という思考回路であるのだろう。私は、こう答えた。
「私をかわいそうだと言う人もいるよ。でも、私は私をかわいそうだとは思わないよ」
「どうして?」
「それには、ふたつ理由があるかな。ひとつめは、赤ちゃんはできないと分かっていても好きな人と生きたいって思うことが、誰かに無理矢理やらされたことじゃなくて、私自身の選んだことだから。そして、もう一つは、自分が産んだわけではない子どもを育てる大人の人も、世の中にはたくさんいるし、私もその一人だと思うからよ」
「そうなの!?」
「うん。世の中にはたとえば、パパもママも死んじゃったとかいうことで、自分を産んだわけではない大人の人と一緒に育つ子どももいるでしょう」
「かわいそう」
「誰かにかわいそうだと思われても、それは、その人が自分をかわいそうだと思う理由にならないのよ。パパとママ、パパとパパ、おばあちゃんひとり、子ども達だけ、世界には、いろんな家族の中で育つ子どもがいるの。それを、良いとか悪いとか、幸せだとかかわいそうだとか、いろいろ言う人もいるよ。でも、誰になんと言われてもね、その人たちは、そうやって、生きてるんだよ」
6歳児は、納得のいかない顔をしていた。
「お姉さん、赤ちゃんを産みたくなったら、どうするの!」
私は答えた。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。