23歳男性。生後一週間でマクローリン展開をする。四歳でハーヴァードに入学。六歳で数学の博士号を取る。二十歳で万物理論を完成させたのち、「コミュニケーション」の発明を行う古見宇発明研究所を設立する。
ニケ
32歳女性。古見宇研究所助手。好きなものは竹輪とGINZA。嫌いなものはセリーヌ・ディオン。「宇宙の解」を知って絶望していた博士に「コミュニケーション」という難題を与え、結果的に古見宇研究所の設立に繋げる。
博士がドイツの学会から戻ってきたのは午後五時半だった。
空港から直接研究所まで来たようで、博士はキャリーバッグの上に、パンパンに膨れあがった三つの紙袋を積んでいた。
「いやあ、遅くなってごめん」と言って、博士は私の隣に座った。「これが出張土産だよ」
博士は一番上の白い紙袋を渡してきた。
「なんなんですか、これ?」
「紙袋さ」
「えっと、中身を聞いてるんですけど」
「だから紙袋なんだよ。紙袋の中に紙袋が入ってるんだ」
「え?」
「昨日まで国際紙袋学会だったんだ。言ってなかった? これは、学会で僕が配ったお土産の、紙袋詰め合わせだよ」
「そういえば、そんな話を聞いていた気もしますけど……。というか、国際紙袋学会ってなんですか?」
「一年に一度、世界中から紙袋学の権威が集まって、新たな紙袋理論について発表する場さ。今年の基調講演は去年の袋川賞を受賞した人気紙袋作家——あのhiroが来たんだよ!」
「hiroって誰ですか?」
「ええ? 紙袋寛子だよ。知らないの?」
「似たような名前の人なら知ってますけど……。そもそも、紙袋についてそんなに語ることがあるんですか?」
「そりゃあもう、たくさんあるさ。紙袋からいろんなことがわかるんだ。たとえば、そうだね、ニケ君のその紙袋からもわかることがあるよ」
「え? なんですか?」
私は机の下に置いたシャネルの紙袋をちらりと見た。
「ニケ君が実はケチなのに見栄っ張りだということや、このあと、まだ知り合ってから日の浅い友人と会って、前回借りていたものを返すこととか」