ノートPCのディスプレイに、白黒の家族写真が表示されている。
父親と母親、それにかわいらしい娘二人の四人家族だ。
ぷっくりしたほっぺたで笑う小さな女の子は、アンナ=バルバラ。その背後で、お姉さんらしくすこし澄ましたマリア=アンジェリカが、父の肩に手を置いてこちらを見つめている。かたわらで気弱そうに微笑むのは、ウーベルタ夫人。のちにティモという名の男の子が産まれ、家族はやがて五人になる。
それなのに、左端に写る父親は、あさっての方角を見たまま何の表情もない。巨大ロボットみたいな体つきで、口を真一文字に結び、その瞳には光が感じられない。
彼の名は、ディートリッヒ・フォン・コルティッツ。
自宅のパソコンからフランス語で彼の名前を打ち込むと、すぐに写真が見つかった。ナチスドイツ占領下のパリで、アドルフ・ヒトラーの勅命を受け、大パリ司令官として君臨したその人であるらしい。つまりは、レジスタンスの敵であり、パリにいたナチスドイツ軍のボスというわけだ。
パリ解放の決戦について聞く前に、私は、ルネおじいちゃんがどんな人と戦ったのか写真で見てみたいと思った。そこで検索してみたところ、この家族写真に行きあたったのだった。
もちろん、若きレジスタンスであったルネおじいちゃんが、フォン・コルティッツと直接交戦した可能性は低いだろう。それにしても、「ナチスドイツ」とか「レジスタンス」とか顔のわからない一群れとして捉えるより、どんな人間がどんな想いで戦っていたのかをできるだけ個人単位で知った方が、より誠実である気がしたのだ。私は椅子に座りなおすと、パリ解放までの日々を描いた名著「パリは燃えているか」を開いた。フォン・コルティッツ氏の家族写真を、画面に表示させたままで。1944年、ルネおじいちゃんがアラン・ポエールの右腕だったとするならば、フォン・コルティッツ氏は、あのヒトラーの右腕だ。
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